
甲斐庄楠音(かいのしょうただおと)
この人の絵は見れば見るほど不思議…いや、おかしい。恐ろしささえ感じる作品が多い。
この『幻覚(踊る女)』もそうで、明らかに狂っている。踊り子ではなく、描き手が、である。しかしその狂気の手になる作品は妖しく、美しく鈍い光を放っている。死を前にして束の間の人生のつかのまのひとときを楽しんでいるとも思える。
見れば見るほど、いろんな物語が浮かんでくる。作者の不遇と早世を考えもした。
不遇はあった。
大正15年第5回国画創作協会展に『女と風船』を出品するも、土田麦僊から“きたない絵”として陳列を拒否されたのだ。
これを切っ掛けにして、楠音は時代劇映画の考証屋として活躍してゆくことになったという。特に溝口健二監督の時代考証には欠かせない存在だったようで、「雨月物語」ではアカデミー賞にもノミネートされた事もあったらしい。
しかし、薄命そうな風貌ではあったものの、早世はない。

喘息を持病としつつも、83歳で死去するまでぴんぴんしていた、という。
絵は大正9(1920)年頃製作