夜の風

 一見、何の変哲もない絵に見える。庇付の籐椅子に体を横たえた女性が光に顔が当たるのを避けて庇の奥に顔を隠している。そう見える絵だ。しかし、その奥に見える多分この女性の家(別荘)と森はもう夕闇に包まれてしまっていて、空には星さえ瞬いている。変だ。もう一度絵を検証する。やはりおかしい。もしこういう状況が自然界に於いて可能であるとするならば、早朝か夕暮れの時刻であり、光はかなり傾いていなければならない。しかし、女性に射す光はかなり高い。つまり光は真昼のものなのだ。

 似た感覚の作品を見たことがある。 ルネ・マグリットの『光の帝国』である。
光の帝国

この作品では空が真昼の青空で、地上にある家と樹木が闇に埋もれていて、家の壁と手前の池面を街灯の光が照らしている。(この絵は23作あるといわれる『光の帝国』の何作目かは知らないけれど、)
 つまりこの『夜の風』は、ジェイムズ・ワイエス版『光の帝国』であろうと、考えるに至った。

 ジェイムズ・ワイエス James Wyeth(1946-)は、N.C.ワイエス N.C.Wyeth(1882-1945)、アンドリュー・ワイエス Andrew Wyeth(1917-)を祖父、父に持つアメリカを代表する画家。父子とはいえ、アンドリューとジェイムズのタッチが酷似しているのは驚きである。
(1983年作)