さっきの投稿、途中で送信しちゃったので、今回の記録をツイッターから。
時間はツイート記録から
( )内はあとから
4月15日早朝
01時頃
なんで忘れちゃうんだろ。
(わたしのことを、日々のことを、自分のことを、性格を、今までを)
03時40分
「病気だから仕方ない」と家族も医者も言うけど、わたしはなぜだかどうして納得が出来ない。
理解しているつもりだけどそう思えない。そんな気持ちのまま3年が過ぎてわたしの心はズタズタになった。
03時50分
死にたい。出来れば80年後とかに。
4時05分
幼い頃にされたことを思い出してパニックになったのは19歳から。19歳からリストカットをはじめた。爪噛みの延長の自傷はもっと幼い頃からしていたけど、リストカットは19歳から。
(幼い頃は躾だと思っていた、大人になっておかしいことに気付いたからだと思う)
4時10分
死にたい。死にたくないけど、よりよく生きる努力をするのがめんどくさくて安易に死にたいって言い出す死にたさ。わたしのは。
(わたしの他の「死にたい」って言ってる人たちの言葉を否定したり無理やりわたしと同じだと言いたくなかった。わたしの場合はそうであって人それぞれだし、これは誤解されたくないこと)
4時18分
ていうか死にたいわけあるか!死にたくないよ!死なずにぎりぎりまで生きたいよ!楽しいことも夢中になれることも見つけたいし絵も描きたいし好きな人も見つけたいしまだまだやりたいこともあるし死にたくない!でも現実がつらくて立ち向かうのがこわくて逃げたくて死にたいって言うんだ。
(わたしはね)
その死にたいの中に本当の死にたいも何%かは入ってて嘘でもなくて。
4時33分
わたしの死にたいはいつだって中途半端。自傷もひっかく程度だし自殺願望ないし特別ひどい家庭環境でもないしもう大人だし。友達いるし死にたくない理由いっぱいあるし。死にたいとか言うくせに青信号渡るし空腹に負けてドカ食いするし。
4時50分
(暴力の加害者、被害者の頁を見て)
ずるい。母親はずるい。ずるい。ずるい。わたしを殴ったくせに自分のしたこと忘れて自分は悪くないって言い聞かせてる。そんなのずるい。わたしがされたあの時間はなんなの。忘れるなんてひどい。他に知ってる人いないのに。
(わたしたちの秘密だったのに。母親が忘れたら、なかったことにされる。存在が否定されるのとおんなじだ)
5時05分
もういい。いまからODする。
(ユーパン60錠を酒で流し込んだ)
4月16日
14時49分
昨日ぶりです!自殺未遂して入院してた(^o^)
(退院後、自宅にてツイート)
23時42分
死のうとした。遺書も書いた。薬と酒を飲んで友人にお別れのメールをして、インコにお別れを言った。
もう起きれないかもしれない、それがいい、と思った。わたしは死にたくなかったけど、なんだかどうでもよくなってしまって、きっと死を決意してた。
23時47分
寝ようとした。吐き気が来る前に眠れば死ねると思った。ツイッターしながら死んでいこうと、横になってツイッター画面開けながらお別れを打とうとしてた。これが15日午前5時半頃。
(ツイートの最中に友人がやってきたのでツイートは送信されなかった)
23時50分
薬を飲んでる最中に友人からの電話が何本もあった。わたしは邪魔しないでくれ、わたしは死ぬんだと無視した。寝ようとしたら、友人が朝っぱらから家に来た。
(電話がうるさかったから、まだ生きてるけど、邪魔しないで。ってメールをした)
23時54分
友人はわたしの両親に話をしたらしい。
わたしの意識は朦朧として歩けないくらいめまいがした。わたしの記憶は15日午前おそらくは6時か7時ごろ自宅の階段を下りる前で途切れた。
23時57分
おきたら病院のベッドで点滴を受けていた。なんだか眠くてすぐ目を閉じた。窓が見えて外は暗かった。時計は見えなかったから何時かわからない。おそらくは15日だった。
0時
15日の夜、家族が面会に来た。みんなが生きててよかったといった。わたしはまだ夢を見ているようで、わたしは家族のそれに対して何も思わず母親がいるのを見て苛々した。それと久々に兄に会えたのはうれしかった。
0時04分
わたしの意識がはっきりしたのは16日の朝。点滴を押しながらトイレに行った。体にはたぶん心電図のケーブルが繋がっていた。廊下の扉に「救急救命センター」と書かれているのを見て、ああ救急車に乗ったんだなあと思った。乗った記憶はわたしはないんだけども。
(看護師がサチュレーションだかサキュレーションだかという青い洗濯ばさみみたいなのを「洗濯ばさみつけてね」って言ってたのを聞いた)
0時07分
死のうとしたのに生きてた。生きててよかったとは思えない。死を決意したのに死ねなかった悔しさみたいなのがある。でも死にきれる薬の量でもなかった。わたしはいつでも中途半端。
0時14分
後から聞いた話、治療として口から活性炭を飲まされたらしい。夢の中で口から黒い塊を吐いた気がしてたんだよね。
(胃洗浄じゃなかった)
0時17分
生きててよかったと思えない、と言ったけど、生きててよかったかわからないのが本当かな。
わからない。
0時23分
友人が唯一事情を知っていて実家にいるのに第一発見者が友人だった。そのとき意識はあったが。救急車に同乗したらしい。なぜだか薬を覚醒剤系と間違われ警察もきたらしい。
これが今回の記録です。
わたしが書いた遺書も載せます。記録のため。
【お父さんへ
先に死んでごめんなさい
わたしは現実がつらくて生きていけません
もっとしたいことがあったし死にたくなかったけど もう 死にたいです
お兄ちゃんとお父さんがいなかった、小さい頃の話ですが、
私はお母さんから暴力をうけていました。それを私はゆるせません。
私のことや、私にしたことを お母さんが忘れるのがゆるせません。
今まで育ててくれて ありがとうございました。
信じてもらえないかもしれないけど、私は家族のことが大好きでした。
友達へ
先に死んでごめん。
大好きです。大好きでした。】
以上。
何で死ねなかったんだろ。死にたかった。終われると思った。
もう苦しまなくて良いんだと思った。
でも起きてしまった。生きていた。生きてしまった。
一泊二日の入院の話。
一泊二日の入院の話。