なんやかんやとありまして近況。

4月下旬に家を出る決意をしたものの、5月入る前に居候先の友人と掴み合いの大喧嘩して破談になった。
イライラの矛先が友人に移り、一時的に母親へイライラしなくなった。
しかしそれも一週間ほどで終わる。頻繁だった強い死にたさはやってこなくなって一ヶ月。
6月に入って若干死にたさが戻る。死のうとしたときの記憶を思い出したり、友人のことを考えると死にたさがやってくる。

5月の一月をほとんど無事に過ごしたので、病院を探すこともなくなにも進んでいない。


そんなんじゃ死ねないってみんな言う。わたしの死にたいを馬鹿にする。わたしはどうしたらいいんだろう。家から離れたら変わるかな。わたしは病んでるってわかってるのにどうしたらいいかわからない。


病んでる。
正気じゃない。
病院が合わない。
わたしはおかしい。
どうすればいいかわからない。
わたしはどうすればいいかわからない。こわい。
死ぬ意思があろうとなかろうと、あんな量の薬では死ねないと知った。死ぬにはとてつもない量の薬が必要で、死ぬには薬は不向きだとわかった。飛び降りも中々死ねないらしい。死ぬのは覚悟や決意だけじゃなく、死ねる条件に達しないとしねないらしい。なんだか恥ずかしいね。

死ねるはずなかったんだね。

じゃあみんなが、笑うのは、そんなんじゃ死ねないって馬鹿にしてるってことなのかな。
ゆるせないのも本音だった。

でもきっとわたしはさびしかった。死ぬほどさびしいから死のうとした。死ぬほどさびしい。
母親がいないのがさびしい。
母親は生きてるけど中身がない。わたしを置いてどこかへ行ってしまった。