二十歳の冬のことだと思う。


前の年、木造注文住宅の工務店で働きだして、正月を過ぎた2月の初旬のことだと思う。

隣の街の 宗教法人施設の内部改修工事で、

大工さん中心に連日、夜11時頃までの作業で、引渡し期限に追われていた。


一年ほど前に、本屋で偶然手にした一冊の本。

なぜか、ゴールドというより、くすんだ真鍮色の単色の表紙。

小ぶりながら、本の断面は極彩色がのぞく。

表紙の中央に縦書きで [ メメント・ モリ ]

藤原新也 とある。


パラパラして、中身を読むのも惜しく、レジに向かう。


人それぞれ、生涯に付き添う、本というものがあるなら、僕にとってまさしく、

この本こそ、僕のバイブルかもしれない。


前書きがあり、

「 汚されたら、コーラン 」とあり、

この本は、汚れば汚れるほどいい!

とある。

少し、おこがましく感じたけど、

改めて今思えば、その本との年月を僕は、

その取り扱い説明のように、常に傍らにあった。

ジーパンのポケットには入らないけど、

しらぬまに、すべての写真とすべての言葉が、まるで毎日の経本のように、刷り込まれていた。


「 ニンゲンは、犬に食われるほど自由だ 」


どこかで、目にされてると思う。

ぜひ、本屋で見つけたなら、迷わず手にしてみてほしい。


この一冊との出会いで、

僕は、カメラ好きになり、旅に憧れるようになったと思う。

カメラとの一人旅。


そして、真冬の2月、どうしてもそれに出かけたく、期限の迫った現場を終えた、終末の土曜日の夕方、出発したのだった。


僕の記憶の旅は、そこから始まり、

こうして書きながら、青暗く日の落ちた、

踏切の赤い点滅と、白く薄い三日月が浮かんでくる。

時刻表で綿密に計画した、時間に昂り、バイクで帰路を急いだ。