夢か幻か、視覚・聴覚・触覚とがリアルなのは | Petal Counting

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Petal Counting (ペタル カウィンティング)とは、
花びらの恋占いという意味です。
占いサイトではありませんよ~
宝塚歌劇団の大好きなワンシーン…
をイメージしたブログ名です。
日常の様々なことを、素直に綴っているブログです。

ほんのちょっぴりですが、自分には多少の勘があると思います。

霊感とか、そんな大袈裟なものではないと思いますが、ほんの

少しだけ予知夢を見たり、何か感じる日があります。


予知夢は、大したことありません。

ただはっきりと覚えていたのは、中学の時の夢。

見知らぬ学校の、渡り廊下。

渡り廊下なのに、途中に靴箱がある。

そして階段。古い木の手摺り。

何だろう…そう思っていた大したこともない夢。

すっかり忘れかけていました。


けれど、その後数ヶ月して急に転校が決まり、新しい中学での光景に

驚く私がいました。

そこには、校舎と給食室を繋ぐ渡り廊下がありました。

給食当番が受け取りに行くための渡り廊下です。

そして、一年生が多いという理由で臨時の校舎が隣接していました。

だから他の学年の昇降口とは別に、靴箱があったわけです。

古めかしい階段もあり、その時ふと夢のことを思い出しました。

あー、これは予知夢だったのか…と。

県外の学校に転校なので、事前に知るはずも無いし、その渡り

廊下がちょっと変わっていたので、驚いたのであります。



親類が亡くなったと知らされた時、確かに屋根を歩くような音が

聞こえたりしました。

でも、それは気のせいだと言われればそれまでかもしれません。


私にとって心が落ち着かない時期がありました。

それは、親の転勤で引っ越してきた時に住んでいた社宅なのです

が、とても古い家でした。

狭い間取りで、三姉妹が同じ部屋で寝てるから、怖くも何ともない

はずなのに、毎日のように金縛りにあいました。

もがいても、声が出ないし、電気がいつも揺れているのです。

床の間が何だか薄気味悪くて嫌でした。

その時、自分なりに考えたのは、お寺が近所に2つもあり、ちょうど

真ん中くらいに位置している家だからかな、と。

その当時、受験生だから、夜遅くまで勉強して起きていたりしたし、

体や脳が緊張していた、という説が最も多いと思います。


でも、その数年後、その社宅が古くて取り壊すために少し離れた別の

社宅に移り住むことになりました。

その時も受験生でしたので、やはり夜遅くまで起きていたりしましたが、

不思議と金縛りはありませんでした。

やはり古い社宅に住んでいた数年が、自分にとっては居心地良い

ものではなかったと思っています。



結婚してからは、不思議だなと思う出来事がいくつか。

ちゃんと眠ってたはずが、小さな物音がしたような気がして、目が覚め、

念のためにと思って、階段を降りて戸締りを点検したら、たまたま

勝手口のロックがかかってなかった、ということが何度か。

夜中に、ワン切りの電話が鳴ったこともあり、その時は玄関は鍵が

かかっていたのにチェーンを忘れて、まるで誰かが教えたかのようだと

思いました。ただの偶然で、たまたまだと言われそうですが…。


忙しさにかまけて、ただぐっすり眠っていたのに、亡くなった人が夢に

出てきて、あれっと思うと、確かに身近な人の命日が近いのに、自分は

忘れていて、ああそうだったわと、何となく気付かされている感じがしたり。

だから私は身内の命日を忘れ去ってから、後日思い出すということが

なく、実家の母に電話して、明日は誰々の命日だよ、と言うことが多いの

です。

いちいち身内の命日を手帳に書き込んだりはしていません。

そこまでマメな性格ではありません。


去年、帯状疱疹になって、本当に具合悪くて、どうしようもない時に、

亡くなった父が夢の中で

『何だ、遅いじゃないか』 と言いながら、グラスを持って待っていたのに

「いや、私はやらなければならないことがある」 とはっきり答えた夢では

もしかしたら、父が迎えに来ていたのかも…などと考えてしまったり。

でも、まだまだ父のところへ行くわけにはいきませんもの。


別の夢では、犬におしっこをかけられて、思わず犬を叱る私に、

『犬を叱ってはいけない。何か意味があるはずだ』 と父が突然出てきて、

まさかと思ったけれど、後から分かったことが。

身内にちょっとした事件が起きていて、犬が吠えて事なきを得たことが。

私の夢には、亡くなった人がよく出てくるけれど、たぶん潜在意識にきっと

何か先祖に頼りたい、すがりたい、という弱い部分が常に残っているの

かもしれない、とは思います。

科学的・心理的とかの分析をされることを、私は望んではいません。


何となく、そういうことが自分には多く感じるだけだと思います。



さて、今回体調が悪い間、毎日のようにうなされていた私。

まずはこんなことが…。

夢の中で、さまよっていた、という記憶があります。

やっと扉を開けると、ぬいぐるみ達が、生きているかのように、私に

飛びかかってきて、よけてもよけても攻撃してきました。

ふと目を覚ますと、夫が私のお尻をポンポンと叩いていました。

どうやらだいぶ前からうなされていたから、起こそうとしていた夫が

ポンポンとしたのが、攻撃だったのかもしれませんが、つまりは

扉を開ける前も何かの夢を見て、うなされていたということですよね。

揺さぶって早く起こして欲しかったので、ポンポンに対して

「起こし方が悪い」 と、夫に憮然とした態度だった私です。

夫にとってはいい迷惑ですよね。


そして、その翌日には、

娘の部屋で少し仮眠のつもりが、深く眠っていたようです。

耳元に芋虫のようなものが天井から降りてきて、

私は思わず手で塞いで、

「ティッシュ、早くして、ティッシュ」 と言いながら

私は娘ではなく、何故か妹の名前を叫んでいました。

やっと目が覚めると、娘から、どうしたの?と聞かれましたが、

虫もいないし、夢を見てうなされていたようでした。


次の日には、ふわふわと屋根を歩く私と娘がいました。

幽体離脱って体験はないけど、きっとそんな感じかなって。

ふと見下ろすと、石がごつごつした景色。火を炊く人々がたくさん。

パチパチと音を立てて、赤い小さい炎がちらちら。

声をかけると、振り向いて、何やらごもごも言っている。

『いいのよ』 と。炎は大丈夫ってことのようでした。


やっと屋根から降りて、疲れたから横になろうとした私の右のお腹の

辺りに、まるで滑り込みでもしてきたように何かがぶつかってきました。

娘がちっちゃくなって、ドンって体当たりしてきたのかなって。

「どうしたの?何かあったの?」 と何度問いかけても私の右側の

気配は答えないのです。

丸い頭のような感触があるのに。


そこでも私はまた夢を見て、うなされていたようで…。

目が覚めると、私は声にならない声を発していたようで…。

また妹の名前を出していたようです。

娘に指摘されて、久々に金縛り状態にあったのか…と思いました。


妹は、最近私よりも酷く体調を崩して、歩行も困難な状態なので、

きっと私の脳裏には、妹のことがびっしりと残っているだろうから、

妹の名を口にするのは、自分自身でも納得なのです。

姉の深層心理ですよね。

その他のことについてはよく分かりません。

虫や赤い炎の象徴とか。


そんなにうなされたのに…

どういうわけか、次の朝には体が楽になっていました。

やっぱり先祖が待っているのかも…と思い、お墓参りをしなきゃと、

考えて、一日休んで次の日にようやくお墓参りをしてきました。


体調が良くなって、うなされることもほぼ無くなりました。

私の中に、体調が悪いからお盆のお墓参りや仏壇を拝みに行くのも

断念しなきゃならないかも、という状況に、自分で自分を悔いている

そんな想いが、変な夢の連続を生み出しただろうってことは分かって

います。


でも、いつもながら色がついている視覚がはっきりした夢に、

色々な物音がした聴覚がはっきりした夢、

更には、何かに触れたという感触がまだ余韻に残るような触覚が

はっきりした夢、

けっこう珍しいんではないかしら…と思ったので

忘れないうちに綴ってみました。


科学的に、心理的に正解を求めるものではありません。

でも、ほんの少しだけですが、もしかしから、どうにも説明のつかない

ことがあるかもしれない、そう私は自分なりに考えています。

だから、これはこうだから…というように解析、解読したコメントなどは

受け付けませんので、ご了承下さい。


あくまでも、私の呟きとして聞いて頂けたら幸いです。



それではまたね。


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