着物、を、あえて平仮名で書くと、なんか「たおやか感」が出るな、きもの。
昨年、うちの母親から大島紬を1枚、譲り受けた。
なんでも、結婚前に仕立ててもらったものらしく、
ゆうに50年以上は経ってるシロモノのようだ。
ある日電話で、母に「タンスの肥やしになってるような着物、ない?」と聞いたら、
「あるよ」という返事が返ってきた。
「大島紬、あるよ」「マジで!!??」
(私が狂喜乱舞する様をご想像ください)
こうして、首を長く長く、長くして待っていたら、それから数日後。
実家から段ボールが送られてきた。
ドキドキしながら箱を開けたら、子供らへのお菓子などと一緒に風呂敷包みがひとつ。
どうやらここに着物が包まれてるらしい・・・・・にしても、50年、である。
そんな古い着物、今でも着られるんだろうかと、ドキドキしつつもワクワクしながら、
風呂敷包みをほどいて見れば。
「え〜〜〜〜〜、これ〜????」
母の大島紬。
それは随分と私の目には「古臭く」見えた。
「モノが古い」のではなく、要するに「・・・・なんか昭和感ムンムン」という事である。
「なんかこれ、若い小娘しか似合わないような雰囲気じゃん!!」
八掛(はっかけ・裾や袖周りの裏地)の色が真っ赤で、若い娘さんには良いかもしれないが、
もうすぐ50に手の届く私には、とてもじゃないがこれはちょっと・・・・・
子供4人産んでる女が(私)生娘のフリをするのもいかがなものかといった感じだ。
柄も、どうにも私の好みではない。
「・・・・・こんなん、着られないよー!!(泣)」
結局、母の大島紬は、またタンスの肥やしと化したのであった。
山形から東京へ引っ越しただけで終わってしまったのだ。
・・・・・とはいえ、なにやら心が痛む。
母の母、要するに私からすれば祖母が、市内の呉服屋に赴いて母のために見立て、
そして仕立ててもらったものなんだそうな。時代は、逆算すれば昭和30年代後半だろう。
当時は大島紬が大ブームだったらしい。といっても、安い買い物ではなかったはずだ。
「お母さん、これ、何回か着たの?」と、母に聞いたら、
「1回も着ていない(笑)」ですと。まったく、祖母が母の事を思って仕立てた着物なのに。
そんな背景があるから、母、というよりも、祖母の事を思うと
「この大島、ちゃんと着てあげないの、やっぱかわいそうだよなあ」と、罪悪感にかられる。
しかし、そうは言っても、今の自分にこの着物を着こなす自信はまるでない。
こうして、せっかく譲り受けた大島だったが、結局どうする事もできないままに、
家にあったたとう紙に包み直して、タンスの肥やしに逆戻りしたのであった。
で、今年に入って。
ある日、犬の散歩中に神田川沿いを歩いてる時に、気になる店を発見した。
というか、前から気になってたのだが、その店の正体がようやく分かったのだ。
そこは「悉皆屋(しっかいや)」であった。
悉皆屋とは、着物のお直しや仕立て、染め替えなど、着物に関するあらゆる事を承る
お店の事である。そしてそこは、江戸小紋などの染物もやってる工房であった。
昔ながらの古い古い木造の建物である。
店の前に料金表のパンフレットが置かれてあったので、さっそく1部拝借。
悉皆屋さんは「紬の色かけ」もやっているという事が分かった。
「色かけ」とは要するに、上から新たに別の色をのせて、
着物全体を違う雰囲気にするという事だ。
「・・・・もしかしたら、あの大島も、上から別の色をかけたら、
もっと落ち着いた雰囲気になるんじゃないだろうか???」
そうすれば、あの着物をタンスの肥やしから救い出せるかもしれない!!
私は「色かけ」に一縷の望みを見出した。
・・・・・が。
いかんせん、お金がかかる。いや、そんな、何十万もするわけじゃないが、
ある程度の出費は覚悟せねばならない。
まず、この着物をいったん全部ほどいて(分解)それを「洗い張り(あらいはり)」する。
この「洗い張り」という作業、昔は普通にどこの家でもやってたそうで、
戦後間もなくのサザエさんの漫画にも、このシーンが登場してたりする。
ほどいた着物をきれいに洗って、生地を生き返らせる作業。
ここでまず料金が発生する。古い着物だから、是非、洗い張りはしたい所だ。
その後、色かけ。これにももちろんお金がかかる。
で、着物の裏地。背中部分の裏地(胴裏・どううら)はそのまま使えると思うが、
裾の真っ赤な八掛はどうしても別の色に交換したい。
となると、ここでまた別途料金発生。
そして最終的に、私のサイズに仕立て直して・・・・チーン、合計いくらだ?
「一体どんだけカネかかるんだか・・・・・」
そこまで考えて、一体これが、お金をかけてまでやる価値のある事なのか、と、
思えてしまった。ただでさえ、生活費とか色々・・・・・(以下略)。
そんなふうに、いったん頓挫してた「大島紬改造計画」だったが。
今年の6月に、個人的に落ち込む出来事があった。
なんだか悶々とした日々を延々過ごしてたのだが、ある日突然、ふと、
「今日、あの悉皆屋さんに行ってみよう」という気持ちになった。
「魔がさした」と言い換えてもいい。
すぐに店に電話を入れて、私はドキドキしながら工房へ向かった。
ガラガラと引き戸を開けると、私よりももう少し年上ふうな女性が出迎えてくれた。
着物関連の店は敷居が高いというイメージがあるが、ここはそうではなかった。
ほんとに工房・作業場といった感じで、部屋中、反物やら布地の切れっ端でグワサ〜〜としている。
で、工房の女性曰く「見積もり出しますから、それからまた考えて頂いてもかまいませんよ」との事。
洗い張り・色かけ・新しい八掛・仕立て直しの合計金額は、約7万円であった。
・・・・まぁ、安い買い物ではない(いや、高いって)。
だから、店の人は「後でまたご連絡頂いてもかまいません」と念を押す。
しかし私は即決だった。「お願いします!!」
とにかくこれに関しては、、私が、なんとしてでも実行せねばならぬ事、と、
勝手に使命感に燃えてしまったのである。
これは断じて、道楽の無駄遣いではない!!
店の人が「お母様の着物ですもんね〜、いい親孝行になりますよ〜」
「大島紬、新しく仕立てたら、これよりもっと金額いっちゃいますからね〜」
と言ってくれたのには激しく救われた。
で、そのひと月後に、色かけした生地の確認。
上からグレーの色味を足してもらって、だいぶ渋くなっている。
八掛の色見本を見せてもらって、店の女性や、職人のお兄さん達と、
あれがいい、これもいいと、ワイワイ賑やかに選んだのがすごく楽しかった。
結局、発注してから納品までに3ヶ月くらいかかった。
比較するとこんな感じ
だいぶ別物になってうちに帰ってきました。おかえりなさい。
「カワイイ」感じから「クール」な感じに生まれ変わったと思う。
職人さんの技に感謝感激だ。
で、11月に漫画家の大久保ニュー姐、フードライターの白央篤司さんと、
阿佐ヶ谷でトークショーをしたのだが、その時にこの大島、初めて着ました。
(あ、写真のはじっこに、のび太が写り込んでおる)
これ本当は、赤い柄、もっと違う色になってほしかったのだが、
赤って変えるのが難しい色なんだそうです。
だからまあ、ここまで落ち着いてくれたからこれでヨシとしましょう。
襦袢の半衿、光の加減で白っぽくなっちゃってますが、グレーとピンクの
中間みたいな色です。
帯、どれを締めようかと悩みました。
で、コレです。この帯、「KIMONO MODERN」というお店で買ったものでして、
なんでも「ニューヨークで買い付けた布地で仕立てた帯」なんだそうです。
「50年前の大島紬」と「ニューヨーク生まれの帯」という、新旧・謎MIXが
愉快で楽しかった。
「京都ちどりや」で買った、ちどりちゃんの帯留めが可愛くて好きです。
それにつけても、この、母&祖母の着物。
着てると「この二人に包まれてる感」が、ハンパないのであった。
安心感この上ないというか。
洋服だと「受け継いで着ていく」という感覚が今はもう希薄だけれど、
着物は、それが当たり前みたいな衣装である。
そういう発見が出来てよかったと思う。
これが「着物にハマってよかったなー」と思える瞬間。



