生きる稽古 死ぬ稽古 -14ページ目

     生きる稽古 死ぬ稽古

ー毎日が おけいこ日和ー
        

定年退職後、

父は日記をつけていました。

遺品整理をした時に

その中の一冊だけ

手元に残したくて持ってきています。


何年かに一度

パラパラとページを開いてみます。


1997年の2月に

私が区から表彰を受けた

と書いてあります。



2年間、

まったく医者にかからなかったらしい😄

で、保険証を使ってなくて

当時住んでいた目黒区から

表彰されたらしい😄😄


そんなこと、

まったくおぼえていなかった😂😂


今はどうなんだろうね?

そんな表彰をしているんだろうか?


この頃は

太極拳をやったり

エアロビクスをやったり

ヨガをやったりして

気持ちよく体を動かしていたから

体が健康だったのだろう。


(おかげさまで、

今も健康でいさせてもらっています)


自愛につとめ

健康であってほしい


って書いてあるよ。


何年たって読み返してみても

ページのあちこちから

父親の姿がたちのぼってきます。


ただいま本の片付け中なんだけど

これはやっぱり捨てられないね✨✨



はい、厄落しだと思うことにしました。


この年末に罰金9000円笑い泣き笑い泣き笑い泣き


信号のない横断歩道

一旦停止

歩行者が歩こうとして停止

それをみて発進

けたたましいサイレンの音

物陰からパトカー

違反切符を切られる


ということがありましたのよ〜😭😭😭


ここは三井アウトレットパークと

その駐車場に挟まれた横断歩道。

状況を説明したところで

「それでも違反です」

というおまわりさんに

いちおう言いたいことは伝えました。


「罰金はきちんとお支払いします。

でも時期と場所と状況がわかっているんですか?

この師走の土曜日、しかもお昼前。

買い物客でごった返していますよ。

ここは信号がないんです。

大勢の買い物客が通り過ぎるまで

ずっと停車していないといけないんですか?

しかもこの駐車場は満車で

すでに駐車場の中で渋滞が起こっているんですよ。

こんなところで私がずっと停車していたら

さらにひどい渋滞が起きてしまいますよ。

それでも停まっていろということなんですか?」


「そうですね。

まぁ人の波が途切れることもありますから

その時に発進してもらって‥」

と、歯切れの悪い解答です。


「だいたい、こんな時期にこんな場所で見張ってるのが本当にいいことなのか、そういうことをよく考えてほしいです」

とさらに言葉を加えたら

おまわりさん、2人とも黙っちゃいました。


心の中では

(だよなぁ)

って思ったのかもしれないけれど

どうしようもない、という感じ。


↑トホホな気分を紅葉で紛らわす😄


年末に罰金稼ぎをしたいのかもしれない。

そのためには、ここは恰好の場所です。

(↑言い方、ひどいー😅😅)


さぁ、みなさん!

師走です!

こんな〈ワナ〉も潜んでいます。

(言い方、ひどいー😅😅)


私は厄落しとさっぱり忘れます😄😄


そうそう、↓こんな記事も見つけましたよ。

みなさんも、くれぐれもお気をつけくださいね。








生まれて初めて

ラジオ投稿というのをやったら

生まれて初めて

ラジオを通してその投稿を読んでもらいました。


なんというか‥‥

こんなに嬉しい

ものだったんですね❣️❣️❣️


嘘みたい〜〜ラブラブ

と、フワフワした喜びがあって

この初体験に心が躍りました。


それと同時に

ちょっと不思議なことが。。。


実はこの投稿は

9月ごろに送ったものでして

もう、そのことをすっかり忘れておったのです。

で、今日も

いつもの番組を聴き始めたのですが

突然、

(あ、

これから私の投稿が読まれる!)

って思っちゃったんです。

なんでそんなことを思ったのか

さっぱりわからない😅😅


送ったのは何ヶ月も前なのに!

忘れてたくらいなのに!

しかも冒頭に読まれるなんて!


(ホントに読まれてる〜〜😍)

という嬉しさと同時に

(なんで今日、読まれるって思ったの〜🤔)

という不思議さとがごっちゃになって

なんだか夢の中にいるみたいでした。


それにしても

投稿を読んでもらえる

ということが、

こんなに嬉しい気持ちになれるのなら

また投稿してみようかなぁ?

なんてすごく思った次第。


あ、ペンネームで投稿してるので

何を書いたかはナイショです🤫🤫



記事とは直接関係ないんだけど↑この絵は「デンパ」という作品。奥さんのお誕生日プレゼントに、とお買い上げいただきました。


爽やかな晴天の日が続いています。


そんな日曜日、車を洗車しました。

少し離れたところにあるガソリンスタンド⛽️

その隣に洗車スペースがあるんです。

ここはお金を入れて洗車してくれるスペースと

無料で水を使わせてくれて

ウエスも使わせてくれて

マットを掃除できる機械まで使えます。


なので朝の9時前に行ったにもかかわらず

うちの車で満車!という混み具合でした。

師走だものね、

みんな綺麗にしたいよね😊


ここに行くたびに

ありがたく思うのです。



このウエスは

隣りのスタンド⛽️のニイチャンが

洗って畳んで

上のケースに入れてくれているのです。


中にはお金を払って洗車をする人もいますが

たいていは無料で使わせてもらっているんです。

そのためのウエスを洗ってくれてるのは

本当にありがたい✨✨✨


「たまにはここでガソリンを入れないとなぁ」

と夫は言います。

私も同感なんだけど

通り道じゃないから

なかなかむずかしいのよねぇ😓😓


感謝だけで申し訳ないのですが

いつもありがとうございます💕💕



家に帰ると

リビングに荷物が置いてある。

中から綺麗な箱が出てきて

その箱の中には‥‥



ひとうひとつ、

丁寧に包まれた干し柿が入っていました。

箱の底には

シリカゲルまで入れてくれてあって

その心遣いにまず感動✨✨✨


食いしん坊は

食べ物の話ばかりで恐縮です😅


世の中に数多ある食べ物の中には

食わず嫌いのまま今に至る

というものもたくさんあります。


その中のひとつが

干し柿

だったのです。


私は干し柿って

今までなんとなく敬遠していたのですが

トモダチのお家で

この手作りの干し柿をいただいて

干し柿の美味しさに開眼したんです✨✨


よその干し柿は

まだ食べたことないから

好きかどうかわからないですけどね😅😅


この手作りの干し柿は絶品❣️





干している間

毎日、全方位的に

手で揉んでやるって言ってたなぁ。。。

干し柿はとっても手間をかけて

できあがる食べ物なんだよなぁ。。。


それを思いながら

一口ずつ、味わいながら

いただいています。

はぁ〜、美味しい🤤😋


美味しいものをいただいて

今日も元気にがんばりまっす🙆‍♀️🙆‍♀️




お花だけをモチーフにして

絵を描くことは少ないのだけれど

ハスの花には心惹かれるものがあって、

何度も何度も描いています。


今までに描いたハスもそれぞれに

大切な人のもとに旅立っていき、

「かわいがってもらうんだよ〜」

と、

巣立つ子を見送る親のような気持ちでおります。

(いや、子どもを育ててないのでわからんけど😅)


今回の個展でも

ハスたちは巣立っていきました。

ありがたいことです💕💕


で、最終日にいらした方から

「このくらいの大きさで、ハスを描いて欲しい」

というご注文をいただきました。



ひとりの人間が描いているので

同じような仕上がりになりはしますが

それでも一点一点、

違う仕上がりになるものです。


昌美さん


素敵な蓮の花をありがとう。

さっそく飾りました。

とても良い感じ♡


廊下の壁に飾ったんだけど

ウキウキしながら眺めています。


とのメールをいただいて

ほっと胸を撫で下ろしています。


ご注文いただいて描いている作品は

ご本人のお手元に届いてご確認いただくまでは

(気に入ってくださるかなぁ?)

と心配になるものです。


私のハスたちを

お手元に置いてくださるみなさま、

本当にありがとうございます🪷🪷🪷









↑この〈弾丸日帰り岡崎仕事〉の日。

帰りに一軒のパン屋さんに立ち寄りました。


F to bread 

(えふつーブレッド)


というお店です。



9月にオープンしたオシャレなパン屋さん。


ここのオーナーのおかあさん

ここのオーナーのおじさん

ここのオーナーのおばさん

ここのオーナーの親戚のおばちゃん


が、

ワタシのトモダチだったり

ワタシのトモダチの奥さんだったり

ワタシの後輩だったり

妹のトモダチだったり‥‥‥


てな感じで、

いろいろつながってはいるんだけど

だからといって

ワタシはここのお店とは

なんの関係もないというね😅


で、なんでブログを書いているのかというと


ここのパンがすごく美味しい


からです🤤



今回買ったのは↑この3種類

写真右上の黒っぽいのは〈ノア〉

ナッツが入っています。

手前が〈ピロシ〉

濃厚なチーズ入りです。

その右は定番の〈バゲット〉

今回はこの3種類を買って帰りました。


〈ピロシ〉に入っているチーズは

かなり濃厚で美味しいので

そのチーズをちょろっとつけて

バゲットを食べる

というのも美味しい食べ方です😄


なんで〈ピロシ〉というのかというと、

先に書いたオーナーのおじさんが

このパンを気に入っていたからなのだとか😂

おじさんの名は〈ひろし〉

はい、トモダチの名前です😂😂

他にも面白い名前のついたパンがあって

このオシャレなテイストの

お店の雰囲気とのギャップがおもしろいです。


私が行った時には、かなり混んでいて

前に並んでるお客さんたちが

次々と買っていたのが



↑このキャロットケーキでした。

(この写真はお店のインスタのものをお借りしました)


めっちゃ美味しそうなので

次回は是非とも買って帰ろうと思います😊




今日はバゲットに

妹の自家製リンゴバターをつけて食べました。


固いパン

ずっしりと重いパンが好き😊❤️


岡崎に帰ったら

またぜひ行ってみようっと❣️

今までに、

大きな作品をいくつか描いてきておりまして

住んでいる人がいないのをいいことに

実家の2階に

それらを置かせてもらっていたのです。


その実家を人に貸すことになりましたので

置かせてもらっていた絵を

なんとかしなくちゃあいけません。


し〜か〜も!

その実家の押し入れを開けてみてビックリ😳😳


大きな絵だけじゃなかったぁ😅

他にも私の作品たちが

たくさん保管されていたぁ😅😅

(それを忘れていたワタシも

どうかと思うが‥‥😅)


ただでさえ、千葉のうちは狭小住宅。

そこにこれらの絵が来るのは‥‥


どーーーー考えても無理‼️


というわけで、

必要に迫られると

瞬時に取捨選択の判断ができるものです。


大きな🖼️たちの判断基準はひとつだけ。


描けといわれればもう一度、

その絵を描けるかどうか?


その基準に合わせて

大きな絵は数点を残して

処分することにしました。


↑この絵ももういなくなりました。


作業を続けている時には、

ところどころ

(この配色は綺麗だなぁ)

とか、

(この絵はていねいに塗れているなぁ)

とか、

自分で褒めてあげるようなところもあったのですが

もったいない

とか

しのびない

とか

悲しい

とか

気持ちが揺れ動くということは

ほとんどなかったんです。


それよりも

気持ちが少しホクホクとしていたのは


額が使える


という、なんとも現実的なところチーンチーン


押し入れにしまってあった絵たちは

それなりに高価な額におさまっています。

この額に

次はどんな絵を入れよう?

というところに

気持ちは動いていたのでした。


千葉→愛知に車を飛ばす

絵を解体してクリーンセンターに運ぶ

うちに持って帰る絵を車に積み込む

愛知→千葉に車を飛ばす

5階まで絵を運び込む

絵を押し入れや天袋に片付ける


これらの作業を、

最初は1人でやろうと思ったんだけど

体力的に無理そうだったので

妹や夫に協力してもらいました。

いや、協力というか

かなりやってもらったというか‥🙏🙏


土曜日に弾丸日帰り作業ののち

日曜日にすべての作業を終えて

しかもついでに

とっ散らかってた部屋の中を片付けて

ようやく一息ついたところです。


絵を描き続けていた時から

なんとなく

〈部屋の模様替え〉

というフレーズが頭をよぎっていたので

年末年始から少しずつ

それに取り掛かっていこうかと思います。


しかしこの狭い家の中の

どこにあれだけの絵が

片付けられているんだろう?


と、片付けた本人が一番驚いています😄

もしかすると‥‥

ワタシって片付けが得意なのかも〜😂😂😂







↓この「プラン75」

という映画をみたわけなんですけど、

私の思ってたのと違う〜〜😭😭


って書いたら、

「じゃあ、どんなふうに思ってたの?」

ときかれたので、

そのことを書いてみようと思います。


今は病気になったときに

本人告知がすすんでいて、

病気の進行具合なども

自分でわかるようになってきています。


が、ほんの数十年前までは

重篤な病気になると

本人には知らされないことが多かったんです。


死んでいくのは自分なのに

胃潰瘍だ

十二指腸潰瘍だ

などどいわれて、

家に帰りたくても帰れない

退院させてもらえない

治る治ると嘘をいわれて

ベットに寝かされ

よくわからないままに死んでいく。


そんな親戚のおじちゃんおばちゃんたちを

みてきているので

病気の治療や延命措置などについては

自分の望みを反映して欲しい

ということを

ずっと考えてきたのです。


そのことがあったので

自分でエンディングノートを作り、

セミナーを開催してきました。



コロナ禍があって

(みんなで集まることはできないなぁ)

と、セミナーをお休みしていたら

「健康太極拳をやりたい!」

という方が増えてきたために、

こちらの活動を続ける時間が取れなくなってきて

今は、この【ジブツタセミナー】をお休みしています。


セミナーはお休みしていても

生きることと

死ぬことは

生き物にとっては大命題です。


私の中には

死ぬということについては

自分の意思を尊重して欲しい

ということと同時に

もう体は死ぬ方向に向かっているのだから

できる限り痛みをとって

安らかに死んでいく方向に向かわせて欲しい

という願いが強くあったのです。


〈死ぬべき〉時期に生かされてしまったために

その後で認知症を発症してしまって

施設で死ぬことになった方もみてきています。


なので重ねて言いますが、

体が

「そろそろ終わりですよ〜」

と伝えてきたら、

なるべく痛みや苦しみを取ってもらって

静かに死に移行していきたい

というのが

私の願いなんです。


私はもう、充分に生きた。

だから穏やかに死なせてほしい。


と思った時に、

その願いが叶えられたらいいなぁ。。。

と、そんな気持ちが強かったのです。


とりあえず、あと5年経ったら‥

などど自分でプランを立てて

それまでにやれることはすべてやっていく。

5年たって、まだまだ元気なら

あと3年後にしよう

とプランを変更する。


そうやって生きていけば、

なんだか無為に過ごしてしまいがちな

ぼんやりとした日々も

もう少し充実したものになるのではないか?


そして死ぬと決めた日には、

まだ生きているトモダチを呼んで

楽しくおしゃべりをして

手でも握ってもらって静かに旅立てる‥‥

そんな理想的な

というか、なんとも甘い気持ちで

考えていたのでした。

だが!

そうは問屋が卸さない

のが世の常なのでしょう。


みんなそう思ってるけど

そんなにうまくはいかないよ


っていうことなんでしょう。

辛いところだなぁ。。。😭😭😭


前回のblogで、


死ぬということに

他者を介在させてはいけない


と感じたって書いたんだけど、

私にはその大事なところが抜けていたんです。


映画のネタバレになりますが

この映画の中には

75歳以上の人に

プラン75について説明をする若者が出てきます。

説明にとどまらず、やさしくやんわりと

プラン75に向けて、

つまり〈さぁ死にましょう〉の方向に向けて

お年寄りを誘導していくのです。


また別の若者は

プラン75に加入したお年寄りに

死ぬ日までの間に電話で話し相手になってあげる

というサービスを担当しています。


毎日15分の、電話での話し相手。

それはとてもありがたく、やさしいことだけれど

〈死ぬって決めましたから〉

という人に向けてのサービスなのです。


それぞれの若者たちも

こんなことでいいのか?

という葛藤が生まれます。

みずみずしく、人間的な葛藤です。


プラン75で死にゆく人たちは

身寄りのない人が多いです。

当然、遺体の片付けの仕事があります。

最後に身につけている

時計や小銭、バッグなどをはずしていく作業です。


遺体から持ち物をはずしていくシーンは

小規模なホロコーストを連想させます。


この作業に従事しているフィリピンの女性にも

葛藤が生まれます。


彼らを見て、思ったのです。


死ぬということに

他者を介在させてはいけない


と‥‥。

生きていて苦しむのは

他者が死ぬということに

手を貸したのではないか?

という深い罪を感じたからです。


永六輔さんが死刑に反対していたのは、

〈死刑執行人のうちの誰かが押したボタンで

死刑囚が死ぬから〉

という理由でした。


そうだったのか‼️


死ぬということに

他者を介在させてはいけない


からだったのか!

と、あらためて腑に落ちました。


イジメが

殺人が

戦争が

なぜいけないのか?という問いには


死ぬということに

他者を介在させてはいけない


からだと言えば納得できます。


死ぬのは命が尽きる時です。

誰かに死ねと言われたり

誰かに車でぶつかってこられたり

誰かの落とした爆弾が直撃したり

して、死にたくはないと心から思います。


死ぬということに

他者を介在させてはいけない


という不文律を固辞したままで

これからの高齢化社会の問題を

考えていかなければならないのでしょう。


あぁ、なんとむずかしいことか!


痛みをとってもらって

自然に死ねる


が私にとっては理想です。

不文律をおかすことなく

少しでも、それに近づいていく

世界になってくれますように💕💕







トモダチにすすめられて

みることになった「プラン75」という映画↓


病気というほどではないんだけれど

なんとなく胃の調子が悪くて

グダグダしていた時。


そんな時にこの映画を

〈寝ながら〉みたんですけど‥‥チーンチーン


ものすごい孤独感と寂寥感

そして辛くて辛くて

途中でいったん、みるのをやめてしまいました。


ヘンテコなアドバイスをするとしたら

体調の悪い時に

この映画をみてはいけない

ってことをある程度年齢を重ねた方には

お伝えしておきたいです😅😅


「プラン75」というのは、

75才になったら

自分で死ぬことを選択できる

という法律が日本にできたら、

という架空のお話。


で、↑私はまったく同じことを

トモダチに話していたわけだけれど


私が思い描いていた世界と違う〜〜😱😱😱😱


という大きな戸惑いと悲しみが

この映画全編から溢れてきたのでした。


国の政策として

「プラン75」がすすめられていくと

世の中全体が

もうそろそろお役御免ですよ〜

あちらに行ってくれてかまいませんよ〜

と背中を押してくるような世界になっていて

いくら元気であったとしても

仕事も

住むところも

だんだんなくなっていき

ほらほら、あなたには

「プラン75」がありますよ〜

とやんわりと

そちらに気持ちを向けられていくような

空虚で寒々しい世界なのでした。


この、まだまだ元気なのに

追い詰められていく

という役を倍賞千恵子が演じています。




監督の意図がどこまであったのかわからないですけれど、

彼女を主演に使うということで、

みている者の脳裏には

(あの元気で明るい、そして健気なさくらちゃんだった倍賞千恵子が〜〜😭😭)

とか、

(「さよならはダンスの後で」とか、歌ってた人が〜〜😭😭)

というような気持ちも

映画をみなから想起されてきてしまう。

そしてそんな気持ちも相まって

悲しみが深くなってしまうのです😭😭


この「プラン75」を

すすめていく直接の窓口担当の役を

磯村勇斗が演じているのですが、

彼の叔父という役をやっているのは

たかお鷹という役者さんなのですが‥‥



↑この人の演技が俊逸でして

いやもう、演技とはいえないんじゃないか

本当にこの人そのものなんじゃないかって

思わせられてしまいます。


映画自体は

〈ヨーロッパ映画的〉ともいえる

状況の説明や

感情の起伏などを

極力省いた作りになっていて

ラストシーンなども

みた者にゆだねるような

終わり方なので

日本の中でどのくらいの評価があったのかは

わかりません。


けれども

私という1人の人間の

どこかお気楽さ、甘さのようなものを

ズルリと暴いてくれたような

映画ではありました。


〈死ぬ〉ということに

他者を介在させてはいけない


というようなことを

映画をみていて

痛切におもいしらされたのでした。