松井先生が鬼のような形相で
教室に入ってきた。
私が小学一年生だった時のこと。
顔面は蒼白で
目が吊り上がっている。
オトナが本気で怒っている時の顔だ。
その松井先生に首根っこをつかまれて
A君が引きずられながら入ってくる。
二人は私の目の前で立ちどまると
松井先生が大きな声をあげた。
「あやまれ〜〜〜っ![]()
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」
それはそれは怖い声だった。
A君は小さな声で
「ごめんなさい」
と言った。
私も小さな声で
「はい、いいです」
と返事をした。
私は泣きそうだった。
なんで泣けるのか、自分でもわからなかったけれど
泣きたくなって、それを必死で堪えていた。
A君は幼稚園の頃からいじめっ子で
私はその標的にされていた。
陰湿なイジメなどではなかったし
そもそもその日に何があったのかは忘れてしまったのだけれども
<いじめられて泣かされた>
ってことがあったのだ。
そのことを他の生徒から聞いた松井先生が
A君のことを叱ってくれたのだった。
「はい、いいです」
と返事をした時の
この涙はイヤなものではなかった。
どこかスッキリとした気持ちになった。
小学一年生のには
うまく言葉にできなかったけれども
(あぁ、これでA君も私も大丈夫なんだな)
っていうような気持ちだったのだと思う。
半世紀以上も経った今でも
その時のことを覚えているのは
鬼のような形相で悪いことを叱ってくれた
松井先生の愛情が
とてもとても大切なものに思えるからだ。
どんなイジメられ方をしたのかを
忘れてしまえるくらい、
A君も私も後腐れがなかった。
なんてことをしたんだ!
お前が何をやったのかわかっているのか!
悪いことをしたのなら、ちゃんと謝れ!
などなどなど‥‥
鬼の形相で叱ってくれるオトナがいてくれるということ。
これはものすご〜〜〜く
安心感につながることだ。
もし、一方的にどちらかがどちらかに
被害を与えたなら、
それがはっきりとしているなら、
まわりにいるオトナたちは
鬼の形相で叱ってくれることが
被害者や加害者の心を救ってくることなのだと思う。
<被害者の気持ちを鑑み>とか
落ち着いて
遠巻きにして
そっとしておいてあげて
とかとかとか‥‥
そんなことをされていたら、
A君も私も
救われることはなかったんじゃないかって思います。
やさしくて
冷静で
穏やかなオトナばかりが増えている。
私なら、
もし私なら、
私に理不尽なことをした奴がいたら
そいつに向かって
オトナたちに
鬼の形相で叱ってほしいと思う。
ちょっと近頃は
松井先生のことを思い出すことが増えました。
私は松井先生が叱ってくれたことを
決して忘れないと思います。




















