「長崎原爆記」についてほんの少し |      生きる稽古 死ぬ稽古

     生きる稽古 死ぬ稽古

ー毎日が おけいこ日和ー
        

映画を観ると

その予告編を観ることで

次々と連鎖的に映画を見続ける

ということがあるわけですが。

 

本を読んだ時にも、

やはり同じようなことが起こってきます。

 

↑先日書いた

土井善晴先生の本です。

この本には、何人もの方の著作が紹介されています。

 

で、その方の本を私はまた、

図書館でリクエストするわけです。

 

秋月辰一郎先生

も、その中のお一人でした。

ところが本の中で紹介されていたものは

図書館では見つからず、

そのために別の本をリクエストしたんですよ。

 

 

 

 

阪神淡路と関東東北で

大きな地震があり、

コロナという未曾有のウィルスが世界を席巻して

そうして能登でもまた地震。

 

その間にはウクライナやロシア

パレスチナとイスラエルの戦争があって…。

 

私個人はほとんど打撃は受けていないにも関わらず

これらのことが起こるたびに、

申し訳ないことではあるものの、

残酷な描写や

暴力、戦争といった題材の作品がみれなくなってしまいました。

 

子どもの頃から

太平洋戦争のノンフィクションや小説など

読んできていますし、

引揚者の過酷さや

沖縄での地上戦や

広島、長崎の原爆のことなど

その時々で映画や本や写真など

目にしてきました。

 

でも今は本当に辛く辛くて…。

真実を少しでも知りたい!

と、今までは作品に触れてきたわけですが、

最近では、全く無理笑い泣き笑い泣き

 

そんな時に

「長崎原爆記」

です。

 

リアルな描写は飛ばしながら

ではありましたが、

なんとか読み進めていきました。

 

秋月先生は

長崎で医者をしている時に

被曝されました。

が、爆心地ではなかったために

丘の上にあったその病院に

被曝した、ヒトなのかどうかもわからないような人々が

毎日押し寄せてきた日々が書かれていました。

 

そもそも病院そのものも爆風で吹き飛び、

設備もない

薬もない

布団もない

地獄のようなところで

できる限りの事をするという日々です。

 

そんな中、

1人の修道士について書かれた記述があります。

 

アルカンタラ修道士というその人は

カナダから長崎にやってきたのだけれど

戦争のために捕虜になっていたそうです。

終戦となり、自由の身になって

ごった返す汽車で再び長崎にたどり着き、

何もかも無くなり、

荒廃しきった長崎の地で再び動き始めます。

 

 

アルカンタラ修道士はシャベルとハンマーを担いて

焼け跡の整理をする。

二階、三階の燃え屑を庭に落としては、

道路をならしてくれる。

彼がハンマーで曲がったパイプを叩く音、

コンクリート、煉瓦を壊す音が忍耐づよく聞こえる。

 

人間が作り、人間が壊したそれを黙々といま片づける。

廃墟の山でアルカンタラ修道士の心境はどんなものであろうか。

私には理解できなかった。

原子爆弾を落としたアメリカ人を恨むのか。

それともこういう愚かな戦争をした日本の指導者を憎むのか。

カン、カン、カーン!

ー規則的な音がどこからか聞こえる。

 

 

ここのくだりを読んで

すごい衝撃を受けました。

 

人間の強さって

こういうことを言うのではないか?

 

こういう、心に何かがあっても

黙々と行動をし続ける、その強さ。

 

憎んだり

恨んだり

文句を言ったり

無気力になったり

自暴自棄になったり…

 

しちゃうよ、誰だってねチーンチーンチーン

そういう中で

カン、カン、カーン!

の音が、どれほど人を勇気づけたのだろう。

 

 

そうしてまた

著者である秋月先生も

バンカラで強く、潔い方のようです。

 

本の最後に

永井先生というかたとの会話が書かれているのですが、

こんな言葉が載っています。

終戦後、まだバラックが立ち並ぶ

そんな日本での言葉です。

 

「私がいうのは物質的な衣食住生活の

汚れと低さだけではありません。

精神生活の汚れと低さです。

ー戦災者だ、戦災者だと

言っている間に取り残されてしまっている私らです。

あれからもう二年たちました。

世界はぐっと進んでいます。

戦災で根こそぎやられた分を取り戻したうえ、

その二年間の進歩に追いつかなきゃならぬ私らです。

それが二年前の戦災当時の状態に

いつまでも踏み止まっていて

はたしてよいものでしょうか?」

 

すごいですよね〜〜。

本当の強さとは何か?

そういうことを思い知らされる本でありました。