戦争と平和 エピローグ(15ー2)神と同じ愛を与えようと苦悩する伯爵夫人マリヤを見て、ニコライ不 | 気ままな日常を綴っています。

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いつか静かに消える時まで。。
一人静かに思いのままに生きたい。。

(物語)

「ええ、それは私も気づいていましたわ」と、伯爵夫人マリヤは言いました。

「義務と宣誓が全てに優先する、と僕が言うと、彼は途方も無い事を説き出したよ。君が居なかったのが残念だよ。君なら何と言うだろうな❓」

「私は、貴方が全く正しいと思いますわ。その通りナターシャに言ってあげましたけど。ピエールは、皆が悩み、苦しみ、堕落して行く、だから隣人を助けるのが私達の義務だと言います。むろん、その通りですわと、伯爵夫人マリヤは言いました。

「でも彼は、もっと近くに、神様自らお示し下された別の義務が有る事をーー私達は自分達を危険にさらす事は構わないけど、子供をそのような目に遭わせてはいけない事を、忘れておりますのよ。」

 

「うん、それだよ。その事を僕は言ってやったんだ。ところがあの連中ときたら、隣人への愛だの、キリスト教だのと、それもニコーレンカの居る所で。。」

「ねえ、ニコラス、ニコーレンカには私もしょっちゅう悩まされていますのよ。」と、マリヤは言いました。

「あの子は本当に変わった子ですわ、私、心配ですのよ。自分の子供達で手一杯で、あの子の事を忘れていやしないかと。私達皆にも子供が居るし、どの子供達にも親が揃ってるでしょう❓それなのにあの子は誰も居ない、だからいつも1人で考え事をしてるんだわ。」

「でも、あの子の為に自分を責める事は少しも無いと思うな。最も優しい母親がわが子の為にしてやれる事は全て君はあの子の為にして来たんだ。あの子はいい子だよ、素晴らしい少年でよ。今夜は何だか催眠術にかかったみたいになってピエールの話を聞いていたよ。そして何をしてたと思う❓夜食へ立ちかけてふと見ると、あの子はデスクの上の物をすっかり粉々に引き千切ってしまったじゃ無いか。。そして直ぐに彼は正直に言ったよ。あの子が嘘をついたのを、僕は見た事が無い。実に素晴らしい少年だよ❗️」

心の中ではニコーレンカを好いていなかったが、常々良い少年である事を認めたいと思っていたニコライはこう繰り返しました。

 

「やはり実の母のようにはいきませんわ。。私にはどこか違う事が感じられてなりませんのよ。お友達の中へ出した方があの子の為だと思いますけれど。。」

「何、長い事じゃ無い。この夏ペテルブルグへ連れて行ってやろう。」と、ニコライは言いました。

「しかし、ピエールは昔から空想家だったが、ちっとも変わらんなあ。全くアラクチェーエフ が良く無いだの、そんな事が僕に何の関係があるんだ。僕は結婚して、監獄にぶち込まれる程借金が有ったし、そんな事はわからん母を抱えていたんだ。そんな問題に関わり合ってはいられなかったのさ。一体僕が自分の満足の為に朝から晩まで仕事に掛り切り、事務所に釘付けにされていたと思うのかね❓飛んでもない。母を安心させ、君に借りた分を返し、子供達に僕みたいな思いをさせない為に働かにゃならん事を、僕は知っているからだよ。」

 

彼女はただ黙って夫の手を取り、接吻しました。

彼は妻のこの動作を、自分の考えへの賛同と確認と取りました、そしてしばらく黙って考えてから、声に出して自分の考えを語り出しました。

ニコライは顔を輝かせて、近々オトラードノエを買い戻す事が出来そうだ、と語り出しました。

「もう10年も経ったら、素晴らしくして子供達に残してやれるぞ。」

 

伯爵夫人マリヤは夫の話を聞き、そして夫の言う事をすっかり理解していました。

ニコライは、自分の考えをマリヤに話している時に、彼女が他の事を考えていた事に気がつくと腹をたてる事を、彼女は知っていました。

彼女は他の事を考えていた訳では有りませんでしたが、他の事を感じていました、彼女の頭の中には、夫の話している事と何の関連も無いいくつかの考えがチラチラしていました。

 

彼女は甥の事を考えていました、ピエールの話を聞いて甥が夢中になっていたと言う夫の言葉が、激しく彼女の胸を騒がせました。

すると、少年の優しい感じやすい性格が彼女の脳裏に浮かんで来て、自分の甥に対する気持ちに(自分の子供に対してと比べ)何か足りぬものが有った事に気づいて悲しくなるのでした。

そして彼女は、この生活の中で、キリストが人類を愛したように、夫も、子供達も、ニコーレンカも、すべての隣人達をも愛するようにしよう、と自分に約束するのでした。

 

伯爵夫人マリヤの魂は常に、無限で永遠で完全なものを目指していました、だから決して安らぎを得る事は出来ませんでした。

その顔に、肉体の重圧を喘ぐ魂の秘められた崇高な苦悩の厳しい表情が現れました。

ニコライは、そのような彼女を見ると『おお、妻が死ぬような事があったら、家の者達はどうなるだろう、妻のこのような顔を見ると、そんな気がしてならんのだが。。』と思うのでした。

そして彼は聖像の前に立って、夜の祈りを唱え始めました。

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(解説)

難しい箇所だと思います。

①まず、ニコライのピエールに対する反論について。

ピエールは、当時の皇帝の意思決定によって選ばれた曲がった人間が政治を動かすと言う点に懸念を抱いており、それを監視する機関が必要と、結社を結ぶ事を主張しています。

この主張自体、今の時代ではごく当たり前の民主主義の精神の根幹で有ります。

しかし、当時の民主主義概念が浸透していない時代には、それは革命とも思われるべき重大な決意でした。

 

ニコライは、長い軍人時代、そしてロストフ家の財政破綻という苦難を乗り越えた人間で、体制側に自分たちが率先して新しい生命を吹き込もうとする事への懸念があります。

かつて、ニコライは、ナポレオンがその場の思いつきで一兵士ラザレフに勲章を与えたのを見て、何ら正当な手続きもなく一兵士が優遇され、ちゃんと手続きを踏んで嘆願書を出した(皇帝の定めた法には反したけれど、人道的には誠実な)デニーソフ が罰を受けた事を見ていた人ですね。(➡︎この整合性については皇帝がいいと言ったか、良くないと言ったかでニコライは納得している)

彼の結論は『皇帝がそうだ、といえば国民はそれに従わなくてはならない、それが正しいか間違いか。。というよりも、それが国民の権利(人権)を守る事なんだ』という、いわば皇帝=法と考えるならば、そう言った意味での(今の定義には反するものの)『法の支配』を肌で実感していた人ですね。

ニコライはおそらくピエールほど勉強は得意ではなかったかもしれませんが、世間を渡るという術には優れていたのですよね。

現に、ボロジノでも、実戦に参加しなくて良い勤務を仰せつかって、もう、その時は英雄になって。。。なんて考えることなんかよりも安全な場所で勤務した方が良い(これはロストフ家の長男として生きながらえなくてはならないみたいな心理もあったと思います)と、ある意味大人の考えをしていた人です。

 

これは、個人的には両者とも正しい事を言っていると思います。

ピエールのように、皇帝から権力を託された為政者が不当な行いをすれば国民は虐げられかねない、だから国民が監視するのだと考える、これは当然です。

一方、ニコライは、そんな過激な事を率先してやらなくても、機が熟せば物事は『良い方向へ転がる』と思っているのだと思います、それまでは、余程の事が無い限り、皇帝の意思に従うのが良いだろう。。というような考えだろうと思います。

子供達だっているのに、無茶は出来ない、という事でしょうね。

 

②マリヤがニコーレンカに対して我が子ほど愛していないのでは無いか、という懸念を有している事について。

ニコーレンカは本当に気の毒な少年ですね。

母親は出産と同時に、父に愛されなかった事への絶望で亡くなり、父は、『自分の人生』をひたすら追求して、子供がいるのに、自分の対面を保つために亡くなったような人間ですからね(アンドレイは、榴弾が破裂すると認識しつつ「士官たる者伏せてはなるものか❗️」とモロに弾に撃ち抜かれた愚かな人です)。

マリヤは、未婚時代から彼の養育者として、真摯に彼を教育してきた人だと思います。

これはね、マリヤの言葉を、読者がそのまま鵜呑みにするのはどうかね、と私は思うのですよ。

だって、実の母親だからって、『自分は母親としてしっかり愛した』と言い張る事ほど危険な事ってあるでしょうかね。。

本当の母子であっても、やっぱり親ってね常に『自分はこの子にきちんと向き合って愛したのか❓』ってね、やっぱりあるんだと思いますよ、これはマリヤだってそうだと思います。

その謙虚な認識こそが『親たるにふさわしい親の姿』では無いか❓と私は思うのですけれどね。

 

とにかくマリヤは、繊細で、ちょっと現実離れしたニコーレンカを心配します。

だって、この子の父の故・アンドレイ公爵も、『英雄になりたい』という夢を抱いて居て、結婚して父となったのに、いつも夢を見て理想の人生を追っていた人だから。。。

 

そして、そんなに真摯に子供達、家族の事を考えるマリヤの苦悩する表情に、ニコライは『この人は神に愛されて早く召されるのでは無いか。。』と恐ろしくなるのですね。。

 

(追記)

しつこいようですが、マリヤがニコーレンカに対して自分の愛は足りているのか❓と思った、という点に強く着目する解釈はね、私はトルストイは決して願っていなかったと思うのですよ。

むしろマリヤが母親として謙虚にニコーレンカの養育にあたっていた、と読むのが素直な読み方だと思うのです。

実の母親だって、後々我が子に対して『申し訳ないことをした』と思う点は多々あるんですよ、それが無いと言える母親ほど危険な存在は無いと断じております。

だって、20年か30年生きて来た程度で親になるんですから、人間として親として完璧なはずはありません。

常に親というものは、謙虚に子供に向き合わねばならないと、私は子供がずっと前に成人してしまった今でもそれを痛感するのですよ。