戦争と平和 エピローグ(12ー2)老衰したロストフ老伯爵夫人、ニコラ | 気ままな日常を綴っています。

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いつか静かに消える時まで。。
一人静かに思いのままに生きたい。。

(物語)

ピエールは楽しそうに、にこにこ笑いながら買い物を選り分けました。

「いいだろう❓」と、番頭みたいに生地を広げながら、彼は言いました。

ナターシャは上の女の子を膝に抱きながら、きらきら輝く目を急いで品物に移して、夫と向かい合いに腰を下ろしました。

「ベーロワのね、素敵だわ。。」彼女は品物を指で触ってみました。

「これだと1ヤール1ルーブリはするわね、きっと❓」

ピエールは値段を言いました。

「高いわ。。でも、子供達はきっと大喜びですわ、ママも。ただ、あたしにまでこんな気を使って下さらなくても良かったのに。。」と、その頃流行したばかりの真珠を散らした金の櫛に見惚れながら、微笑を抑え切れずに、ナターシャは言い添えました。

「アデールのマダムに押し切られたのさ。買え買えと聞かんのだよ。」と、ピエールは言いました。

「あたしが一体、いつ挿すの❓」ナターシャはそれを編み髪に挿してみました。

「マーシェンカを社交界に出す時につけさせようかしら❓もしかしたら、その頃、又、流行り出すかも知れないもの。まいいわ、参りましょう。」

 

そして、お土産を持って、2人はまず子供部屋へ行き、それから老伯爵夫人の所へ行きました。

老伯爵夫人は、いつものようにベーロワを相手にトランプ遊びをしていました。

老伯爵夫人はもう60を超えていました、髪はすっかり真っ白になり、顔は皺で覆われ、上唇が窪み、目は濁っていました。

まるで後を追うような相次ぐ息子と夫の死後は、彼女は自分が偶然にこの世に置き忘れられたような、何の目的も意味も持たぬ存在のような気がしていました。

彼女は食べたり眠ったりはしていましたが、もはや生活はしていませんでした。

生活は彼女の心に何の印象も与えず、彼女には安らぎの他は生活から何も要りませんでした。

そしてこの安らぎを、彼女は死の中にしか見出す事が出来ませんでした。

しかし、死はまだしばらく訪れそうにも無かったので、彼女は生きる他ありませんでした。

 

要するに、生命力の旺盛な人々が、自分の目指す目的の影に隠されて、体力を付けるというもう1つの目的が見えずに、彼女が喋るのは、単に肺と舌を働かせる事が肉体的に必要だからであり、彼女が泣くのは、鼻の通りを良くしなければならないからでした。

即ち、体力の旺盛な人々にとって目的と思われる事が、彼女にとっては明らかに口実だったのでした。

彼女には、時には錆つきかけた思考力を働かせる事も必要で、その口実はトランプ遊びでした。

泣く必要がある時は、口実は亡き伯爵でした。

心配をする必要がある時は、口実はニコライとその身体の調子でした。

棘のある事を言う必要がある時は、口実は伯爵夫人マリヤでした。

 

この老伯爵の状態は、誰も決してそれを口にしませんでしたが、家中の者がわかっていて、皆は彼女のこれらの要求を満たして上げる為に出来る限りの努力をしていました。

ニコライやピエールやナターシャや伯爵夫人マリヤの間に、稀に交わされる視線や苦笑いの中に、彼女の状態に対する相互の理解が表されるだけでした。

しかし、彼らの視線は、その他に、もう1つの別の事を語っていました。

それは、彼女がすでに人生における自分の役目を終えた事、今見えているだけが彼女の全てでは無い事、我々も皆いずれあのようになるのであり、このかつては大切な人で、かつては我々と同じように生命力に満ち溢れていたが、今では惨めに老衰した存在の為に自分を抑え、喜んで服従しなければならぬ事を、語っていました。

『死を忘れてはならぬ』と、それらの視線は語っていました。

 

この屋敷に住んでいる人々の中で心の目のまるで見えない愚かな連中と、小さな子供達だけが、それがわからずに彼女を避けるようにしていたのでした。

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(解説)

ピエールとナターシャは、ピエールがペテルブルグから買ってきたお土産を眺めて、仲睦まじい会話をしています。

ナターシャの経済観念の鋭さがちょっと見える所が、また微笑ましい光景です。

ピエールは、ナターシャは自分へのお土産をお願いしなかったのにもかかわらず、ちゃんと妻の分も買ってきています。

とても優しい夫ぶりです。

ナターシャがピエールの暖かさと聡明さに全面的な信頼を寄せているのが見えます。

 

2人はお土産を持って、老伯爵夫人の所へ行きました。

老伯爵夫人は、もう老衰し切っており、今はもう、ニコライの屋敷で余生を静かに送っている状態でした。

彼女は生命力が旺盛な時代は、贅沢でわがままで、子供に自分の夢を大ぴらに託したりしたちょっと曲者の女性でしたが、もう今は、死を待つ、周囲に従順に従わねばならない人になっています。

ニコライもマリヤもナターシャもピエールも、自分達もいずれかはこのようになるのだ、と元気な時代の老伯爵夫人を知っているからこそ、哀れみを持って彼女を眺めています。

『老い』というものに対して、肯定的なトルストイの人生観が垣間見える部分だと思います。

彼女は、16歳の息子ペーチャを戦争で失いましたが、戦争という時代の中、立派に成長した息子や娘達に温かく見守られています、この成長した子供達の優しさが素晴らしいと思います。