戦争と平和 エピローグ(8ー2)ナターシャ、伯爵夫人マリヤに、ソーニャは『あだ花』と説明する。 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

県の貴族会で、ニコライは尊敬されていましたが、好かれてはいませんでした。

貴族会の関心事に、彼は興味を持ちませんでした、その為に彼を傲慢と思う者もあり、愚か者と見る向きも有りました。

 

春の播種から収穫まで、夏中の彼の時間は、農業経営の仕事に費やされました。

秋になると彼は、狩猟に熱中し、狩猟隊達を連れてひと月もふた月も遠出する事が有りました。

冬は、他の村々を回ったり、読書に打ち込んだりしました。

彼の読む物は、もっぱら年決めの予算で発注する歴史書でした。

彼は重要な蔵書を作って、買い集めた本は全部読む事を主義としていました。

彼は、読書にかかる事をはじめは義務として自分に課していましたが、そのうちに習慣的な仕事になり、一種特別の満足と重要な仕事をしているのだ。。と言う意識を彼に与える様になっていました。

冬は、村々へ見回りに出かける以外は、概ね屋敷内で過ごし、家族と親しんだり、母と子供達の細々した関係に立ち入ったりしていました。

彼は妻の心の中に、毎日のように新しい宝玉を見出して、益々妻との愛情を深めて行きました。

 

ソーニャは、ニコライの結婚以来その屋敷に同居していました。

ニコライは結婚の前からすでに、自分を責め、ソーニャを褒めながら、2人の間に有った事をすっかり妻に打ち明けていました。

彼は従妹に優しくしてくれる様公爵令嬢マリヤに頼んでいました。

伯爵夫人になったマリヤは、ソーニャに対する夫の罪を十分に感じていましたし、自分の罪も感じていました。

そして、自分の財産がニコライの選択に影響を持った事を思うと、どうしてもソーニャを咎める事が出来ず、好意を持ちたいと望んでいました。

だが彼女は、好意を持てなかったばかりか、時々心の中に彼女を憎む気持ちが有る事を思い出す事が有り、どうしてもそれに勝つ事が出来ないのでした。

 

有る時彼女は、ソーニャの事と、ソーニャに対する自分の正しくない感情について、親友のナターシャと話し合った事が有りました。

「ねえ、貴女は福音書を何度もお読みになったでしょう❓あの中にそのままソーニャに当てはまる所が有るわ。。」と、ナターシャは言いました。

「あら、どこかしら❓」と、伯爵夫人マリヤはびっくりして尋ねました。

「持てる人は与えられていよいよ豊かにならん。されど持たぬ人は、その持てる物をも取られるべし、と言う所よ。覚えている❓彼女はーー持てぬ人よ。どうして❓それはわからないけど、彼女には、きっとエゴイズムが無いのねーーあたし知らないけど、でも彼女は取られるばかりで、すっかり取り上げられてしまったわ。あたし、時々彼女がかわいそうでたまらなくなるの。あたし、前には、ニコライが彼女と結婚する事をとっても望んでいたわ。でも、それは実らないと言う予感の様なものが、いつも有ったの。でも、あたし達が感じるみたいに彼女はそれを感じていないのだって、思う事もあるわ」

 

伯爵夫人マリヤは、福音書のこの言葉はそんな風に解釈してはいけない、とナターシャに解きましたが、それでもソーニャを思うと、彼女はナターシャの説明に秘かに同意していました。

確かに、ソーニャは自分の立場に苦しみを感じないで『あだ花』と言う自分の運命にすっかり忍従している様に思われました。

彼女は個々の人よりも、家族全体を大切に思っている様でした、彼女は猫の様に、人々にではなく、家についていました。

彼女は老伯爵夫人の世話をしたり、子供達を可愛がったりして、いつも自分に向いている細々した奉仕をする事を心がけていました。

しかし、そうした事は、その割には感謝されぬものなのでした。

 

禿山の屋敷は新しく建て直されましたが、それはもはや亡くなった老公爵の当時の様な豪壮なものではありませんでした。

しかし屋敷は広く、召使達の部屋も、客用の別棟も有りました。時々、ロストフ家やボルコンスキー家の親戚が家族連れで、何十人という召使いを連れて、16頭の馬を連ねてやって来て何ヶ月も滞在する事が有りました。

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(解説)

はい。この部分のメインはソーニャとニコライ・マリア夫妻との精神的な関係ですね。

マタイによる福音書『持っている者はさらに豊かになり、持たない者は持っているものまでも取り上げられる』という文言を引いてナターシャにソーニャの事を説明させていますが、これはですね、個人的には、どうなのかね〜❓と思っています。

これは、決してトルストイがナターシャの言葉を借りて言った言葉ではないですね。

では、どのように解釈したら良いでしょうか。。

以下に、私見を述べさせていただきます。

 

そもそも、ソーニャはロストフ老伯爵夫人の姉妹の娘で、おそらく貴族の娘でしょうが、孤児になった時点で、当時の感覚からは、ロストフ家の子息達とは画然たる境界線が有ったと考えられるべきだったと思うのですよね。

それを、ナターシャの幼い優しさ❓から、ソーニャはほぼ家族同様に育てられたと思うのです。

この点、老伯爵夫人は『仕方ないわね〜。。』的に考えていて、決してソーニャを自分達と同等とは考えていなかったと思うのですよね。

だからね、ソーニャはそもそもニコライは元より、ナターシャともマリヤとも『別世界の人』だった。。と解釈した方が良いのでは無いのかな。。と思いましたね。最初からですが。

 

よって、ソーニャのニコライへの想いがそもそも『大それた事』だったのだと思います。

幼いニコライは、ソーニャの優しさと美しさに惹かれますが、次第にロストフ家はとんでもなくお金に逼迫していることを実感します。

その時に出会ったのが、『今まで見たこともないタイプの女性』公爵令嬢マリヤだった訳です。

彼女の、知的な反応・気品と格調高い雰囲気に、ニコライは尊敬の念を抱きます。

そして、ニコライはロストフ家の長男として、やはり結婚というものは、遊びや戯れからのいい加減なチョイスをしてはならない、と思ったと思うのです。

だから、ニコライは、落ちぶれて親の借金の返済に追われている時ですら、ソーニャの『求めるような眼差し』には答えられない、彼には、いつかロストフ家を復興させねばならないという思いが強かったと思います。

 

(長くなったので次回に続く)