戦争と平和 第4巻・第4部(4)クトゥーゾフ という人物に対するトルストイの考察① | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

敵の連絡を断ち、捕捉殲滅するという軍の熱望を、クトゥーゾフ が押さえる事が出来なかった為に起こったヴャージマ付近の衝突の後は、逃げるフランス軍とそれを追うロシア軍の間に、クラースノエまで戦闘は行われませんでした。

逃げ足が余りにも速かった為に追いつく事が出来なかったし、馬が動けなくなったし、フランス軍の動きについての情報が常に不正確だったからでした。

ロシア軍の疲労度を理解するには、タルーチノからクラースノエまでの移動の間に、兵の数が10万人➡︎5万人に減っていた事から明らかになります(戦闘で失ったのは5千人程度)。

 

フランス軍を追うロシア軍の急進撃は、退却がフランス軍に与えたと全く同様の破壊作用を、ロシア軍に与えました。

フランス軍との相違といえば、ロシア軍は自由意志で進撃し、壊滅の脅威が無かった事、落伍した病人は同胞の手に拾われるだけ、という点だけでした。

即ち、ナポレオン軍の消滅の主因は、『退却の猛烈な速度』であり、それは、彼らを追うロシア軍にも同様の消耗が与えられていた訳です。

 

クトゥーゾフ の目的は、タルーチノでも、ヴャージマでもそうであったように、彼の権力の許す限り、フランス軍の壊滅的な逃走を妨げずに(ペテルブルグでも、ロシア軍の将軍達も、その逆の事を望んでいたのでしたが)、却ってそれを助けて、自分の動きを容易にする事にのみ向けられていました。

 

しかしクトゥーゾフ は、迅速な行軍による自軍の疲弊と莫大な損失を認識してからは、軍の速度を落とし、むしろ『ある距離を置いてから、フランス軍を追う』方が、フランス軍が取るジグザグの道を、最短距離に押さえる事に気が付きました。

そして、将軍達が進言するすべての巧妙な作戦は、軍の移動を伴い疲弊をもたらす為に、そうした行為を極力小さくする事にありました。

この『軍を消滅させない』という目的は、モスクワからヴィルナまでの戦争の全期を通じて、終始一貫した彼の方針だったのでした。

 

ところが将軍達は、特に抜群の戦功を立て、何の為か、大公なり王を捕虜にしたいと熱望していたのです。

その為、次々と作戦計画が提案された時、クトゥーゾフ はただ肩をすくめただけだったのです。

1ヶ月の間に半分に減り、履物も外套も無く、飢えた兵達、しかし敵が逃走を続けているという最良の条件の下でさえ国境までの長い道のりを考えた場合、いかなる作戦がありうるというのか❓と、後にクトゥーゾフ は語っています。

 

この敵を捕捉壊滅するという渇望は、ロシア軍がフランス軍と接触した時に、特に顕著に現れました。

それはクラースノエ付近で起こりました。

ロシア軍は、フランス軍の3つの縦隊の1つに出会うものと思っていた所、いきなりナポレオンの1万6千の本隊にぶつかったのでした。

この破壊的な衝突を避け、軍を守ろうとするクトゥーゾフ の努力にもかかわらず、疲弊し切ったロシア軍の兵士達が、烏合の衆と化したフランス軍との悲惨な戦闘が3日間に渡って続けられたのでした。

しかし、そこではトーリの書いた作戦計画は行われる事が出来ませんでした。

そして兵士達は、飢えと寒さで身体の利かぬフランス兵の群れに、やっとの思いで襲いかかって行ったのでした。

 

クラースノエ付近での戦果は、2万6千人の捕虜と、数100門の砲などで、誰の功が抜群であったか論じ合い、この戦果に満足しましたが、ナポレオンで無くても、せめて誰か名の通った元帥を捕虜に出来なかった事を大いに悔しがり、それを互いに非難し合い、特にクトゥーゾフ を罵倒しました。

自分の欲望に虜になった人々は、自分達を英雄と考え、クトゥーゾフ を非難したのでした。

 

欲望の虜となった当時の人々がそう語ったばかりではありません。

後世の人々や歴史も、ナポレオンを偉人と認めましたが、クトゥーゾフ の事を、外国人はーー老獪で、好色で、力の無い老廷臣とし、ロシア人達はーー何やら曖昧な人物、そのロシア名だけが取り柄の一種の傀儡とみなしていたのでした。。

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(解説)

ここは、すでにしつこいほどトルストイが述べているクトゥーゾフ の評価の再確認だと思います。

クトゥーゾフは、フランス軍がモスクワから全速力で国境に向かって逃走を始めたのを、殊更に攻撃する事はロシア軍の消滅につながる恐れが大と見ていた事、ロシア軍が追撃しなくてもフランス軍は消滅の一途を辿る運命だった事、猛烈なスピードで逃げるフランス軍を追うことはロシア軍にとっても命がけだった事などを挙げ、『何もせずにフランス軍を勝手に逃走させておく』クトゥーゾフの戦略を高く評価しています。

 

この中で戦功を焦る将軍達が、戦闘を進言した事、それは自分達の手柄をアピールしたいだけの愚行だったに過ぎない事をトルストイなりの分析を添えて、クトゥーゾフの戦法の正しさをきっちり書き留めています。