戦争と平和 第4巻・第3部(14)カラターエフ、神に許される。(=カラターエフの死) | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

「整列❗️」と、誰かの声が叫びました。

捕虜や護送兵達の間に嬉しそうな狼狽と、何か幸福な厳粛なものを待ち受ける期待が生まれました。

方々から号令の叫び声が聞こえて、左手の方から、ダクで捕虜達の群れを迂回しながら、美しい軍服をまとい、美しい馬に跨った騎兵の一隊が見えて来ました。

どの顔にも、最高司令官の近くに居る時に現れる緊張の表情がありました。

捕虜達はごちゃごちゃと固まり合い、路上から突き落とされました。

護送兵達が整列しました。

 

「皇帝だ❗️皇帝だ❗️元帥だ❗️大公だ❗️」そして脂ぎった護衛の騎兵隊が走り去ると、葦毛の6頭の馬に引かせた箱馬車が車輪の音を轟かせて通り過ぎました。

三角形の帽子を被った人間の、丸々太った、白く美しい、平然と落ち着いた顔を、ピエールはチラと見ました。

それは元帥の1人でした。

元帥の視線は、大きな目立つピエールの姿に向けられました。

そして元帥は、眉をひそめて顔を背けましたが、その顔の表情に同情と、それを隠そうとする気持ちを、ピエールは見たような気がしました。

 

輸送隊を指揮している将軍が、怯えた赤い顔をして、やせ馬を急き立てながら、箱馬車を追っていました。

数名の士官が集まり、兵士達がその周りを取り巻きました。

どの顔も緊張で高まっていました。

「閣下は何を言われた❓何を言われた❓。。」と言う声を、ピエールは聞きました。

 

元帥通過の際に捕虜達は、ひと固まりに集められたので、ピエールは今朝はまだ見ていなかったカラターエフを見かけました。

カラターエフは破れた外套を着て、腰を下ろし、白樺の木に寄りかかっていました。

その顔には、昨日年寄りの商人の無実の話をした時のあの喜ばしい表情の他に、さらに静かな厳粛の表情がありました。

 

カラターエフは、その善良そうな丸い目でピエールを見ました。

その目には涙が潤んでいました。

彼はピエールを呼んで、何か言いたげな様子でした。

しかしピエールは、自分の心が崩れるのが余りにも恐ろしかったので、カラターエフの視線に気づかなかったようなふりをして急いで離れました。

 

捕虜達が歩き出した時、ピエールは後ろを振り向きました。

カラターエフは、道端の白樺の樹の下にうずくまっていました。

2人のフランス兵が彼に向かって何か言っていました。

ピエールはそれきりもう振り返りませんでした。

彼はびっこをひきながら、坂道を登って行きました。

後ろのカラターエフがうずくまっていた辺りから、1発の銃声が聞こえました、ピエールははっきりとその銃声を聞きました。

しかしそれを聞いたその瞬間に、ピエールは元帥通過の前から始めていた、スモーレンスクまで後何行程残されているかの計算を、まだ終わっていない事を思い出して、また数え始めました。

 

2人のフランス兵が、1人は銃口から煙の出ている銃を捧げて、ピエールの側を走り抜けて行きました。

2人とも顔が真っ青で、その表情にはーー1人はおどおどした目でチラとピエールを見ましたーーピエールが処刑場で若い兵士の顔に見たものに似た何者か、が有りました。

 

カラターエフがうずくまっていた辺りから、悲しげな犬の吠え声が聞こえました。

『ばかなやつめ、何を悲しがっているのだ❓』と、ふとピエールは思いました。

ピエールと並んで歩いていた仲間の兵士達も、彼と同じように、銃声と、続けて犬の吠え声が聞こえた方を、振り返りませんでした。

しかし、どの顔にも厳しい表情がこわばっていました。

ーーーーー

(解説)

ピエール達捕虜は、もうみんな限界状態で歩き続けていたのですね。

そこへ元帥御一行が通過します。

捕虜達は、道を空けるために固まって路上から突き落とされるのですね。

この『中断』は、結構キツイものだったと思われます。

そこで、ついにカラターエフの緊張の糸が切れてしまいます。

彼は、もうぐったりと白樺の樹の下でうずくまってしまいます、もう歩けなくなってしまったのですね。

 

カラターエフはその善良そうな目でピエールに何かを訴えようとします。

しかし、ピエールはもう限界です。

彼は『生きよう、生き延びなければ。。』と言う無意識の自己の生命への執着がまだある人です。

彼は、生きたいと言う自分の心を大事にしたのですね、もうカラターエフの言葉に気付かなかったふりをしてしまいます。

カラターエフは、もちろんピエールの状況を理解出来ています。

そして、彼はようやく自分が神に許される時が来たのだ。。と悟ります。

ああ。。自分は神に与えられた人生を本当に感謝して生き切ったのだ、と言う清々しいそして厳粛な表情がそこに有りました。

なんて幸せな死でしょうか。。

 

ピエールはカラターエフのいた場所から1発の銃声が響いたのを明確に聞きます。

そして、『カラターエフの死』を理解しました。

それは決して悲しいことでは無い、カラターエフはあらゆる苦難を受けて『死を恐れない』境地に達したからこそ、神に選ばれたのだ、と理解します。

しかし、彼自身はまだ『生き続ける』事を使命と感じています。

彼は厳しい表情で歩き続けるのでした。。

 

(追記)

つまらない事ですが、下線部分は、敵側の(個人としての)フランス兵の苦悩を表している部分ですね。

いつも言うように、トルストイは敵国の兵士個人も、やっぱり同じ人間としての『情』を持っていたのだ、と言う主張を時々しています。