戦争と平和 第4巻・第3部(13−2)死の前日、プラトン・カラターエフ『死を恐れるな』を語る。 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

カラターエフのその夜の話は、次のような内容でした。

 

2人の商人は宿屋に着くと、その版は寝ましたが、翌朝仲間の商人が惨殺され、金品が奪われているのが発見されました。

年寄りの商人の枕の下から血の付いたナイフが出てきました。

商人は裁判にかけられ、笞刑に処され、カラターエフの言葉によると、掟によって鼻の障子をえぐり取られて徒刑囚(※重罪人を島に送って労役させる刑)として流されたのでした。

 ーーー

『という訳でな。。(ここからピエールは聞いたのでした)、その事件から10年と少し過ぎた。

老人は牢獄に暮らしていた、ちゃんと掟に従って、悪い事など1つもしなかった。

ひたすら神様に死を授けて下さるように、とそればかり願っていた、立派な爺さまよ。

囚人達は、わしらが今こうして集まっているみたいに、獄舎の中に集まったものだが、ある夜爺さまもその仲間に混ざっていた。

 

するとだな、誰がどんな事をした為に苦しんでいるのか、神様に対してどんな罪を犯したのか❓という話になった。

俺は人殺しをやった、俺は2人殺した、俺は火を付けた、俺は逃亡した」、俺は何もしねえのに無実の罪を着せられた、でな具合に1人ずつ話し出した訳だ。

爺さまが聞かれた、爺さん、雨絵は何でこんな所へぶち込まれたんだね❓

すると爺さまが言うには、「わしはな、皆の衆、自分の罪と人々の罪の為に苦しんでおるのだよ。わしは人を殺さなかったし、他人のものを盗った事はない。却って貧しい人々に分けてやったものだ。わしはな、皆の衆、商人でな、大きな身代(※たくさんの資産を持っていた)を持っていたのでな。。」

こんな風に語り出して、順序を追って自分の事件をすっかり話して聞けせる訳だ。

 

「わしはな、自分の事は嘆かんよ。つまり、神様がわしを探し出されたのだ。ただわしが可愛そうに思うのは、婆さんと子供達の事だ。」

そう言うと、いきなり爺さまはぽろぽろと涙をこぼした。

すると、たまたまその囚人達の中に、商人を殺した、つまり、真犯人だった男が混じっていた。

その男は聞いた、「爺さん、そりゃどこだね❓いつ、何月頃の事だね❓」色々詳しく尋ねた。

その男の心はうずき出した。

こんな格好で爺さまの前ににじり寄るとーーいきなり、ガバとひれ伏した、「爺さん、おめえは俺の身代わりになって破滅したんだ。神様は見てなさる。罪もねえのに、この爺さんは苦しんでなさるのだ。その商人を殺したのはこの俺なんだ。そしてナイフを眠っているおめえ様の枕の下に隠したんだ。爺さん、許してくれ、キリスト様の為にこの俺を許してくれ。」

 

カラターエフは嬉しそうな笑みを浮かべて、焚火に目を細めながら、ちょっと言葉を切って薪の具合を直しました。

爺さまが言うには、「神様がお前を許して下さるだろうよ。だがわしらは皆、神様に対して罪があるんだと。だからわしは、自分の罪の為に苦しんでいるんだよ。」

そして自分も熱い涙をはらはらとこぼした。

そこでどうしたと思うかね❓みんな。

これから語ろうとする事に、この話の最大の魅力と全ての意味が有るのだ、と言わんばかりに、感動の微笑を益々明るく晴れやかに輝かせながら、カラターエフは言いました。

 

実はな、その人殺しがお上に訴え出たんだよ、「おれは人を6人も殺したが(ひどい悪党だったんだな)、この爺さんほどかわいそうに思った者は居ねえ。俺の為にこれ以上泣かねえようにして上げて下せえまし。」そこですっかり白状した。

しきたり通りに書類が作られて送られた。

遠い所だし、やれ再審だ、それ手続きだ、それ書式が違う、それ書き直しだと、局から局へ回されて、やっとツアーリまで上奏された。

 

それから、商人を釈放し、現地の裁判所で認めた額の賠償金を払うべし、と言うツアーリの命令が届くまでにかなりの月日が流れた。

書類が届いて、爺さまがどこに居るかと捜し始めた、あんな良い爺さまが無実の罪でどこで苦しんでいるんだろう❓

ツアーリから命令が出たんだ、それ捜し出せという訳だ。。

カラターエフの顎がわなわなと震えました。

ところが、爺さまはもう神様に許されていたんだーー死んだんだよ。こういう訳だよ、みんな。。』

 ーーー

カラターエフは話を結びました。

そして長いこと微笑を浮かべながら、黙って焚火を見つめていました。

 

この話そのものではなく、この話の神秘的な意味、これを語った時のカラターエフの顔に輝いたあの感動に満ちた喜び、それでその喜びが秘密めいた意味、こうしたものが今、ピエールの心を漠然とした喜びで満たしていたのでした。

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(解説)

ここは、カタラーエフが死の前日に、『死を恐れるな』と言う事を、無実の罪を着せられた信仰心深い商人を通して説いている場面だと思います。

『死を恐れるな』は、『戦争と平和』の大きな柱となっている思想です。

そして、これと対をなすのは『幸福とはただ生きる事、食べる事にあるのだ』と言うピエールの悟りだと思います。

 

この両者は両立するものと思います。

ピエールは、もう自分の足で歩くのは限界に近いのです、そして歩けなければ射殺されます。

それでも、ピエールは歩こう=生きようとしている人です。

これに対して、カラターエフの苦しさは、これ以上生きる事は苦痛でしか無いのです。

カラターエフは、ピエールよりももっと苦痛を背負って行きてきた人間です。

カラターエフは、この世の苦しさを被るのが神様の思し召しであったとしても、もうここまで頑張ったのだから神様に許されたい、すなわち彼にとって『死=この世のしがらみから解放される(神から愛される)瞬間』なのですね。

 

カラターエフの話の中の商人は、無実の罪を着せられたのも神様の意思によるもの受け入れ、決して現世で自分の罪を晴らされる事を望んでいた訳ではありません。

ただ、自分がこんな事になって自分の家族がかわいそうだ、と涙を流すのです。

そして長い手続きの後無実が証明された時、この商人は既に神に許されて召されていた。。ただそれだけの話です。

でも、この話を素直に聞けば、商人の気持ちになれる不思議な話だと思うのです。

この商人にしてみれば、何か清々しいものがあった、そんな気持ちが伝わります。

もう長年無実の罪を背負い、老齢になって、ようやくその苦しみから解放され、神に召される事が出来た、これがなぜ悲しむ事なのか❓

 

『死を恐れるな』の前になぜ、神は人間をこの世に送り出したのか❓

ピエールの考察によるとやはり個々人は『自己の幸福の為に』この世に送られた存在だからだ、と思います。

この個人の幸福追求は、何ものも侵すべきでは無い、そして戦争は、この個人の幸福追求を最も侵害するものだ、とトルストイは考えていると思います。

その一例として「愛国心が深い勇敢な軍人なら、こうあるべきだ」と言う思想に洗脳された、わずか16歳で戦死したペーチャが描かれていると思います。

『死を恐れるな』の前提にやっぱり人間は『生きる』『寿命を全うする』ことが大事なのだと思います。

しかし現世は、決して正しい法則で動いてはいません。

生きてゆけば、必ず試練が訪れ、それは神が個人の成長を促す為に与えたものなのです。

個人は、その次々と訪れる試練から何かを学び、究極的には『死を恐れない』境地に入っていくものだ。。と解釈します。

『死を恐れない』とは、現世であらゆる困難と戦い、苦痛に苦しんだ者のみが達しうる境地なのだ、と解釈します。