(物語)
ところが今、この行軍で、彼はもう1つの新しい、心に安らぎを与えてくれる真理を知りましたーーこの世に何も恐ろしいものは無いと言う事を彼は悟ったのでした。
彼は、人間が幸福で、完全に自由であるような状態は、この世には無いが、人間が完全に不幸で少しの自由も無いような状態も、また有り得ないと言う事を悟ったのでした。
苦悩の限界と自由の限界があり、この限界極めて近い事を悟ったのでした、即ち、薔薇色の寝床でシーツが1枚まくれている為に苦しんでいる人間も、濡れた地面に直に寝て、片方が凍え片側しか温まらぬ為に苦しんでいる者も、苦しみに変わりが無い事を彼は知ったのでした。
自分の意思で妻と結婚したようなつもりで居たとしても、夜馬小屋に閉じ込められた今よりも自由では無かった事を、彼は知ったのでした。
後になってから、彼も苦しみとかづけたけれど、当時はほとんど感じなかった諸々の事で、一番堪えたのは、傷とかかさぶただらけの裸足の足でした(馬肉は美味しく栄養が有ったし、潮の代わりに用いられた硝石の粉末は口当たりが良いほどだったし、寒さもそう酷くは無かったし、日中歩いている時は大抵暑いほどで、夜には焚火が有りました。シラミも、かゆいけれど身体を温めてくれました)。
そして、初めのうち、一つだけ辛い事が有りましたーーそれは夜でした。
移動の2日目に、ピエールは焚火の側で足の傷を調べて、とても歩けまい。。と思いました。
ところが、皆んなが立ち上がると、彼はびっこをひきながら歩き出しました。
そして足が火照り出すと、痛みも感じなくなりました。
とはいえ、日暮れ近くには、足の傷はいよいよ酷くなり、見るも恐ろしい程になりました。
しかし、彼は足を見ないようにして、他の事に考えを写していました。
そこで初めてピエールは、大きな生命力と、注意を転換すると言う救う力が、人間に備わっている事を理解しました。
これは気体密度が一定の限度を超えると、余分の蒸気を放出する、蒸気機関の安全弁のような者なのでした。
既に100人を超える捕虜達が落伍して射殺されましたが、ピエールはその光景を見ようともしませんでしたし、その銃声を聞きもしませんでした。
日毎に衰弱が酷くなり、明らかに、早晩その運命に陥らねばならぬカラターエフの事を、彼は考えませんでした。
それよりももっと彼は自分の事を考えませんでした。
彼の状態が益々困難なものとなり、明日が恐ろしいものになって行くにつれて、彼の置かれている状態からいよいよ遊離して、喜ばしい、心を和めてくれる考えや、思い出や、光景が彼の脳裏を訪(おとな)うのでした。
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(解説)
う〜〜む。。難しい部分だと思います。
温室の中で何不自由なく育ったピエールだからこその考察だと思います。
ピエールは庶子とはいえ、ロシア一の富豪の父を持ち、この父からは一番愛され❓て育って来ました。
衛生的な生活、贅沢な食事、そして学問においても、フランス一の家庭教師をつけられてパリにまで留学していたのですね。
ピエールは、性格的に学問は好きだったと思われます。
彼はフランスから帰国後、父に「自分のしたい仕事を見つけるように」と言われていましたが、なんでも思いのまま。。と言う状況で、軍隊にも行くではなく(彼は平和主義だった)、いくらでもポストが用意されていた行政の仕事にも就かず、ぶらぶらしていたのですね、生活には困らない人ですし。
しかし、幸せだったはずの彼は、いつも空虚感と寂しさを抱いていました。
彼は、人間の幸福とはただ生きる事、食べる事にあり、究極の空腹や生活手段を得る事の困難さを熟知している場合にだけ、それが満たされた喜び=幸福を経験できる、と考えます。
これが前回の最後の、彼がバラック生活で得た幸福の意味だったと思います。
農奴がこれを言うにはちょっとインパクト弱いですものね。富豪の彼だからこそのセリフだと思います。
さらに、モスクワからの苦しい強行軍の中で、①まず、彼はこの世に何も恐ろしいものは無いと言う事を悟ります。
どんなに自由で幸福でも、その自由や幸福は無制限ではあり得ない、そこには必ずしも制限がある、と認識します。
ここで彼は、エレンと自分の「絵に描いたような幸福に見える」結婚を例示しています。
この例示からの推察ですが、おそらくどんなに幸福に見える人でも、何か不自由を抱えているものだ、と言う指摘ではないか❓と私は理解しています。
それと同じように、人間が完全に不幸で少しの自由も無い事は無いと認識します。
つまり、貧しくて地主のいいなりに過酷な労働をしていても、地主が彼の全ての自由、特に彼の内面の幸福感(=神への信仰心とかですね。マリヤの例もそうですね。)までも縛る事はできない、といったような事では無いか❓と思います。
豪邸に住むピエールがエレンとの愛の無い結婚生活の不自由さよりも、この貧しい農奴の方が内面は幸せかもしれない。。と言う事だと思います。
さらに、この命をも落としかねない強行軍の中でピエールは②大きな生命力と、注意を転換すると言う救う力が、人間に備わっている事を理解します。
人間は、命が深刻に危険にさらされている場合、他の事に自分の注意を向けると言う本能があり、それが為に死への恐怖感を克服できるのだ、と言う事です。
他人が自分と同様に死の危険にさらされている場合、他人の危険に目を向けて優しい言葉を掛けると言う事は、それは自己防衛本能に反する事である事も同時に述べている部分だと思います。なぜなら、幸福とはただ生きる事、食べる事にあり、かつそれを認識できる事だから。。(➡︎もっと深掘りすれば、あらゆる危険から自分を守るのは自分だけだ、と言う認識。精神的な危険も含めて。➡︎もっと深掘りすれば、だからこそ、愛国心を前面に出して自分の命をも犠牲にして国を守るべきだ、なんて言うな、と言う事。自分の命を自分が慈しむのは当然だろう❓と言うトルストイの反戦思想に繋がります。)
彼自身、命の危険にさらされることによって、ピエールはカラターエフの事も考える余裕もない、ただ、自分がどうすれば今日一日生き延びれるのか。。の心得を無意識に感じ、それを後に述懐したと言う部分だと思います。