戦争と平和 第4巻・第3部(10−2)戦闘前日、ペーチャは眠らずに妄想に耽る。 | 気ままな日常を綴っています。

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いつか静かに消える時まで。。
一人静かに思いのままに生きたい。。

(物語)

ペーチャは、自分が街道から1露里ばかり入った森の中のデニーソフ 隊び居ること、自分が今、フランス軍から分捕った輜重車の上に腰掛けており、下にはコサックのリハチェフが軍刀を研いでいること等々当然知っているはずでした。

ところが彼は、そう言う事は何も知りませんでしたし、知りたくもありませんでした。

 

彼は魔法の世界の中に居ました

そこには現実らしいものは何も有りませんでした。

大きな黒いものは、確かに番小屋のようで有りましたが、地底へ通じる洞穴かも知れませんでした。

赤いものは、焚火かも知れませんが、巨大な怪物の目のようでもありました。

彼は今、確かに輜重車の上に腰掛けているようでも有りましたが、あるいは実は輜重車の上では無くて、墜落したら地上まで1日も、いや1ヶ月もかかるような、恐ろしく高い塔の上かも知れませんでした。

輜重車の下に座り込んでるのは、ただのコサックのリハチェフのようでも有りましたが、実は誰も知らないようなこの世で最も善良な、勇敢な人間かも知れませんでした。

あれは確かに軽騎兵が水を飲みに谷へ降りて行ったのかも知れませんが、見えなくなった途端にすっかり消えてしまって、それきりもう居なくなったのかも知れませんでした。

 

今のペーチャは、どんなものを見ても少しも驚かなかったでしょう。。

彼はどんな事でも可能な魔法の中に居たのでした。

『オジッ、ジッ。。』と、軍刀を研ぐ音が聞こえていました。

すると、ふいに、ペーチャの耳にハーモニックな合奏が聞こえて来ました。

何かは知りませんでしたが、厳かな甘い讃歌でした。

ペーチャは、ナターシャと同じ位に、むしろニコライよりも音楽的素質に恵まれていましたが、音楽を勉強した事が無く、音楽の事を考えた事も無かったので、思いがけなく頭に浮かんで来たモチーフは、彼にとって特に珍しく、魅惑的でした。

音楽は次第にはっきり聞こえて来ました、旋律が進展し、1つの楽器から他の楽器へと移って行きました。

そして全てが1つに溶け合うかと思えば、また個々の音色に離れ、またあるいは荘厳な宗教曲に、あるいは明るくきらめく勝利の曲に溶け合うのでした。

 

『あっ、そうか、これは夢だな。』と、ペーチャは独り言を言いました。

『これが俺の耳で鳴っていた。ひょっとすると、これは俺の曲かも知れんぞ。そら、また聞こえる。鳴れ、俺の曲❗️もっと鳴れ❗️』ペーチャは目をつぶりました、すると方々からまるで寄せて来るように、様々なトレモロが聞こえ出し、それぞれがモチーフを取り、離れるかと思えば重なり、そしてまた全ての音がさっきの甘い厳かな讃歌に溶け合うのでした。

『ああ。。なんと言う素晴らしい曲だろう❗️いくらでも、どんなにでも、望みのままだ』と、ペーチャは自分に言いました。

彼はこの楽器の大合奏の指揮を取ってみました、すると全ての音色が彼の指揮に従いました。

『さあ、今度は音をいっぱいに上げて明るく、賑やかに、もっともっと陽気に。。』すると、どことも知れぬ闇の底から次第に高まりながら、華麗な音楽が沸き起こって来ました。

ペーチャはその異常な美しさに聞き入っていると、恐ろしいような嬉しいような気持ちになって来ました。

合唱は荘厳な総理のマーチと溶け合い、滴がぽとりぽとりと落ち、ジッ、ジッ、ジッ。。軍刀が砥石に鳴り、そしてまた馬が蹴りあってヒヒーンといななき、それらの音が合唱を乱さずに溶け込んで行きました。

 

これがどの位続いたのか、ペーチャは知りませんでした。

彼はうっとりと聞き惚れていました、そして自分の甘い酔心地に絶えず驚かされ、それを伝える相手が居ないのを残念に思うのでした。

リハチェフの優しい声が彼を呼び起こしました。

「出来ましたよ、旦那、これならフランス兵なんぞ真っ二つですて。」

ペーチャはハッと目を開けました。

「もう白みかけている。。ほんとだ、夜明け前だな❗️」と、彼は叫びました。

 

先程までは見えなかった馬が尻尾まで見えるようになり、葉の散り落ちた木々の枝の間から水に濡れた光が射していました。

ペーチャは頭をぶるっと振って、飛び降りると、ポケットから1ルーブリ銀貨を取り出してリハチェフに握らせ、軍刀を一振りしてその具合を試してから鞘に納めました。

コサック達は馬を解いて、腹帯を締め返していました。

「そら、隊長だ。」とリハチェフが言いました。

番小屋からデニーソフ が出て来ました、そしてペーチャを呼んで支度するように言いました。

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(解説)

ここは、前回の続きで、ペーチャが『何か自分にとって素晴らしそうな事が起こる予感がする』と妄想しているシーンですね。

前回に加えて特に説明する点は有りません。

 

でも、この少年がもう間も無くあの世に旅立つ事を思えば、それを神が労わっているようにも思えるのですよね。

彼の魂が、天国に行く価値があるのだ、彼の心はやっぱりどこまでも透明で綺麗だったのだ、それを讃美している風にも読めないでもないですね。

 

確かに、戦争という時代でなければ、ペーチャはもっと世の中の為にあの笑顔を振りまいて、たくさんの人を幸せにしたと思うのですよね。。

彼は決して自分の名誉の為に戦争を好んだのではなくて、『ロシアの為に尽くしたい』それだけをただただ願っていた人ですから。。

だからね、アンドレイ公爵ともちょっと違うのですよね。

彼は、人の足を引っ張るなんて発想は無いし、困った人は見捨てておけない、自分にお金があればなんでもしてあげられる、その精神は人一倍強い少年だった訳です。

そういう気持ちが強ければね、彼は、もし違う時代に生きていたら、ロストフ家の財政にもかかわらず仕事で成功を成し遂げ、社会の為に善をなした、そして、笑顔もね、甘いものもね、喜んで振舞ったと思うんですよね。