(物語)
暗い、暖かい、秋の夜でした、既に4日細雨(さいう)が降り続いていました。
2度馬を替え、30露里のぬかるみの滑る道を1時間はんで走り切って、ボルホヴィチノフは深夜の2時近くに、レタショーフカ村に着きました。
編垣に『総司令部』の門札の下がっている百姓家の前で馬を降りると、彼は手綱を預けもせずに、暗い入口へ駆け込んで行きました。
「当直将校を呼んでくれ❗️緊急の用件だ❗️」と、彼は入口で言いました。
「緊急の用件だ、ドーフトゥロフ将軍からだ。」と、ボルホヴィチノフは手探りで扉を開けながら言いました。
従卒は先に入って、誰かを起こしにかかりました。
「何だ❓どこからだ❓」と、誰かの眠そうな声が言いました。
「ドーフトゥロフとアレクセイ・ペトローヴィチからの伝令将校です。ナポレオンがフォミンスコエに来ております。」と、ボルホヴィチノフは暗さの為に、その声はコノヴィニーツィンではないな。。と推察しながら言いました。
「お待ちなさい、明かりを付けますから。」それはコノヴィニーツィンの副官のシチェルビーニンでした。
従卒は火打ち石を打ち、シチェルビーニンは燭台をさぐり当てました。
付木の青い焔が火口に移されて赤い焔に変わると、シチェルビーニンは脂蝋燭に火を灯しました、彼は急使の姿を見回しました。
ボルホヴィチノフは全身に泥のハネを被っており、袖で顔を拭きながら、却って顔を泥で汚していました。
「それで、誰の報告です❓」と、封書を受け取ると、シチェルビーニンは聞きました。
「確実な情報です。捕虜も、コサックも、斥候も、皆口を揃えて同じ事を報告しております。」と、ボルホヴィチノフは言いました。
「やむを得ませんな。(コノヴィニーツィンを)起こさにゃなるまい。」と言うと、シチェルビーニンはコノヴィニーツィンを起こしに行きました。
起こされたコノヴィニーツィンの顔には、まだほんの一瞬、現実から遠い遠い甘い夢の表情が残っていましたが、ふいに彼はぎくりとしました。
その顔には、いつもの平静なしっかりした表情になりました。
「で、何事か❓どこから❓」と、彼は明かりに眩しそうに目を細めながら言いました。
伝令将校の報告を聞きながら、コノヴィニーツィンは報告書の封を切って目を通しました。
読み終わらぬうちに彼は、身支度を整えました。
「早馬で駆けつけたのか❓総司令官閣下の所へ同行してくれ。」
コノヴィニーツィンは、とっさに、齎された報告が極めて重大で、一刻の猶予もならぬ事を悟りました。
それが吉報であったか、凶報であったかは、彼にとってどうでも良い事でした。
戦争のあらゆる事態を、彼は理性や考察によってではなく無く、他の何ものかで見ていました。
彼の心の中には、すべてが良くなると言う、言葉に表せぬ深い信念が有りました、だが、それを信じる必要は有りませんでした、だから、ましてそれを口に出す必要性は無く、ただ自分の任務を果たしさえすれば良いのでした。
そしてこの自分の任務を。彼は力の限り尽くしていたのでした。
ピョートル・ペトローヴィチ・コノヴィニーツィンは、ドーフトゥロフと同じように、バルクライ、ラエフスキイ、エロモーロフ、ミロラドヴィチなどーーいわゆる1812年の英雄の名簿に、申し訳みたいに加えられているだけで、極めて才能と知謀に乏しい人物のような評を受けていた事も、ドーフトゥロフと同様で有り、1度も作戦計画を立案しませんでしたが、常にもっとも困難な所に居た事も、ドーフトゥロフと同様で有りました。
彼は、当直将校を命じられて以来、常に扉を開けたまま寝て、いかなる伝令将校にも起こす事を命じていましたし、戦闘の際は常に砲火の下に身を晒していました。
彼も、ドーフトゥロフと同様に、うるさい騒音は立てませんでしたが、機械の中枢部を構成している目立たぬ歯車の1つでした。
百姓家から暗い湿っぽい夜の中へ出ると、コノヴィニーツィンは1つには頭痛が激しくなったのと、もう1つには、この知らせで有力な参謀達の巣が大騒ぎになるーー特にタルーチノ以来、クトゥーゾフとの間が険悪になっていたベニグセンが騒ぎ立て、又しても進言、口論、命令、撤回が繰り返されるに違いない、と言う不快な考えに襲われました。
果たして、彼がこの知らせを伝えにトーリの部屋に立ち寄ると、トーリは自分の見解をとうとうと述べ出しました。
コノヴィニーツィンは、痛む頭でぼんやり聞いていましたが、痺れを切らして、総司令官閣下の所へ行かねば、と注意したほどでした。
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(解説)
ここでは、フォミンスコエ村には、攻撃命令が出た時点ではプルシエ軍が居ただけでしたが、戦局の変化で、今はフランス軍の全主力軍がそこに居る事が判明したので、自分達小部隊が軽々しい行動に出る事が出来ないと、ドーフトゥロフからの急使ボルホヴィチノフに総司令部への報告書が託されます。(前回)
ここで、急使に対応した当直将校コノヴィニーツィンと言う人物の概要ですね。
このコノヴィニーツィンという人物も、ドーフトゥロフと同じように、バルクライ、ラエフスキイ、エロモーロフ、ミロラドヴィチなどーーいわゆる1812年の英雄の名簿に、申し訳みたいに加えられているだけで、極めて才能と知謀に乏しい人物のような評を受けていた人物とされたいたようですが、トルストイは、この人物の適切な対応の為にフォミンスコエでのロシア軍は適切に行動し得た事を仄めかしています。
コノヴィニーツィンは、急使ボルホヴィチノフの報告を受けると、『これはただ事じゃないな。。クトゥーゾフの耳に一刻も早く入れねば。。』と、直ぐに総司令部に彼を伴い走ります。
まず、トーリの部屋に取り次ぐと、相変わらずトーリは自分の意見をくどくどと述べますが、コノヴィニーツィンは『これは話にならん❗️』と、痺れを切らして、総司令官閣下の所へ行かねば。。と注意をします。