戦争と平和 第4巻・第1部(13−2)カラターエフの語る言葉は、すべて彼の真理につながるものであ | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

「暇の出た兵隊なんぞーー股引でこさえたシャみてえなものさ。」と、彼は良く言いました。

彼は軍隊の頃の事を別にこぼしもしませんでしたが、しぶしぶ語り、勤務の間1度も殴られた事が無かった事を、仕切りに繰り返しました。

彼は話をし出すと、百姓の頃の生活の、彼はそれをクリスチャンスキィ(キリスト教の)と発音しましたが、彼には貴重なものらしい古い思い出の中から、主に語りました。

彼の話によく出てくる諺は、兵士達がよく口にするような品の悪い、調子の良い、そうした類の諺では無く、それだけ切り離すとさっぱり意味が無いように思われるけれど、上手い時にひょいと挟まれると、途端に深い賢明な意味を帯びてくるような、民衆の格言でした。

 

彼は、よく前に言った事とまるで正反対の事を言いましたが、そのどちらも正しいのでした。

彼は話が好きで、愛しい愛称や、自分で考え出したのかな❓と、ピエールには思われた諺などで飾りながら巧みに話しました。

そして彼の話の最大の魅力は、彼の口にかかると、ごく普通の、どうかするとピエールが気づかずに見過ごしていた様な出来事が、襟を正す様な美徳の性格を帯びる事にありました。

 

カラターエフは、1人の兵士が毎晩語って聞かせる(いくつかの話をとっかえひっかえ語るのでしたが)物語を好んでいましたが、何よりも彼が聞きたかったのは、現在の生活についての話でした。

彼はこうした話を聞いていると、語られている事の美徳を納得しようとして、言葉を挟んだり、質問したりしながら、嬉しそうにニコニコ笑っていました。

ピエールが見た限りでは、執着とか、友情とか、愛とかいったものは、カラターエフは一切持っていませんでした。

だが、彼は運命が引き合わせてくれた一切のものを愛していましたし、特に人間ーーと言ってもある特定の人とでは無く、目の前に居る全ての人々とですがーーと仲良く暮らしていました。

彼は自分のムク犬を愛していましたし、仲間達やフランス兵達を愛していましたし、寝床が隣り合わせのピエールを愛していました。

 

しかしピエールは、たとい自分にどんなに優しく親切であっても(この事によってカラターエフは無意識にピエールの精神生活に十分の敬意を表していたのですが)、別離が来てもカラターエフは少しも悲しまないだろう。。と感じていました、そしてピエールも同じ感情を、カラターエフに対して覚え始めていました。

 

プラトン・カラターエフは、他の全ての捕虜達の目からは、ごく平凡な兵士でしたが、誰もが彼を、まめだの、プラトーシャだのと呼んで、面白がって邪心無くからかったり、走り使いを頼んだりしていました。

しかしピエールにとっては、素朴な真実の心の、究めがたい、まどかな、永遠の化身という、最初の夜に受けた印象が、そのままいつまでも残ったのでした。

 

プラトン・カラターエフは、祈りの文句の他は、何も空で覚えていませんでした。

彼が話をする時は、話を始めながら、どういう事でそれが終わるのか、自分でもわかっていない風でした。

ピエールが、よく彼の言葉の持つ思想に胸を打たれて、もう1度言ってくれと頼んでも、プラトンは1分前に自分の言った事を思い出す事が出来なかったものでした。

だから彼は、自分の好きな歌の文句を、どうしてもピエールに教える事が出来なかったのでした。

そこには『懐かしの白樺、我がせつなき心』という文句が有りましたが、言葉にすると何の意味も出てきませんでした、彼は1つ1つの言葉、1つ1つの動作が、彼にはわからぬ活動の現れであり、その活動が彼の生活でした。

彼の個々の生活としては、それ自体は意味を持たないけれども、彼がいつも感じている全体の単位としてだけ、意味を持っていたのでした。

彼の言葉や行動は、花から匂いが漂い出る様に、絶えず同じ様に、必然的に、直接的に、その全体から流れ出るのでした。

だから彼は、ここに切り離された行為や言葉の、価値も、意味も、理解できなかったのでした。。

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(解説)

ここは、話好きのカラターエフの個々の言葉それ自体は、あまり意味を有しないけれど、彼の精神的支柱である彼自身の真理につながっているものだ、という説明ではないか、と思います。

自分的にはちょっと解釈が難しい部分です。

 

カラターエフは、農奴として生まれ、実直に生きて結婚もし、女の子をもうけましたが、その女の子は幼くして他界、その後不運な出来事で徴兵され、それを『徴兵が自分で良かった』と納得してそれ以来兵士として生きてきた人ですね。

彼は兵役中に熱病に冒され、病院をなぜか『逮捕』という理由で追い出され、捕虜になった人物です。

しかし、彼は自分の身の上を嘆く事はしません。

全て『神の意志によるもの』として自分の運命を受け入れます。

そもそも『選択の余地』が無い階層だったのですね、彼は。

その日のパンに恵まれて、生きてゆく事、それ自体に感謝をして毎日お祈りをして来た人です。

 

ここにおそらく『彼の真理』が潜んでいる様に思います。

だから、彼は愛にも友情にも執着しませんし、自分の目の前に現れた人間を、それがフランス兵であっても愛する事ができるのだと思います。

お互い、『生身の人間』として一緒だから。。『ただ生きる事、食べる事』の尊さを彼なりに無意識に咀嚼している人なのだろう。。と思います。

だから、彼こそ、あのヨシフ・バズデーエフが、最初にピエールに出会った時に言った『死を恐れるな』の意味を無意識にきちんと正しく理解している人なのだろう。。と思います。

したがって、『死』が訪れても、きっとカラターエフはそれを受け入れ、悲しみもしないだろう。。ピエールとの『死による別れ』が訪れても彼は穏やかに静かに立ち去ってゆくのだろうな。。。とピエールは、彼の運命を少し予見しているのでは無いか、と私は解釈しました。

 

(追記)

最初にピエールがエレンとの愛のない結婚に疲れて自暴自棄になった時、駅で初めてフリーメーソンのヨシフ・バズデーエフに会った時に言われた『死を恐れるな』の全容が、ここで少し明らかにされている気がします。

ピエールは、ただ生きるだけで精一杯の階層ではありません。

しかし、大富豪のピエールでさえも、偉大なものの意思に従うしかないのですね。

それを『美徳』と言い、ピエールはその『美徳』を、カラターエフの生き様に見ている様に思います。

 

次の項目では、『無償の愛』がまたテーマになる様です。さあ、続けて見てみましょう。