戦争と平和 第4巻・第1部(1−1)1812年8月26日(ボロジノ会戦)当日のアンナ・パーヴロヴ | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

ペテルブルグの上流社会では、首相ルミャンツェフ派、フランス人派、皇太后マリヤ・フョードロブナ派、皇嗣派、その他諸派の間の複雑な争いが、例によって宮廷の雄蜂どもの唸りに押しつぶされながら、かつて無い程の激烈さで行われていました。

しかし、人生の幻影や虚像のみを追う、泰平な、きらビヤかなベテルブルグの生活は、昔ながらの流れを続けていました。

よって、この生活の流れの陰から、祖国も危機とロシア民族が置かれている難局を認識するのは、容易な事ではありませんでした。

 

拝謁や舞踏会も同じように行われていましたし、フランス劇もやはり開かれていましたし、宮廷内の利害関係も、勤務上の利害関係や陰謀も、これまでと少しの変わりもありませんでした。

ただ上流社会の上の方で、時局の困難を思い起こさせる為の努力がなされているだけでした。

 

8月26日のボロジノの会戦の当日、アンナ・パーヴロヴナの邸宅で夜会が開かれました。

その夜の引き出物として、聖者セルギイの聖像を皇帝に奉呈する際に添えられた大主教の書簡が朗読される事になっていました。

この書簡は、愛国調の宗教的美文の手本とされていました。

朗読は、その巧みな朗読術を誇るワシーリィ公爵が自ら受け持つ事になっていました。

この朗読は、アンナ・パーヴロヴナの夜会がいつもそうであるように、政治的な意味を持っていました。

この夜会には、数名の高官が見えるはずで、その人達にフランス劇場に出入りしている事を恥じ入らせ、愛国的気分を鼓吹する必要があったのでした。

すでにかなり大勢の客が集まっていましたが、客間にはまだお目当の高官達の顔が揃わないので、アンナ・パーヴロヴナはmだ朗読に移らずに、一般的な話題を集めていました。

 

その日のペテルブルグのニュースは、べズーホフ伯爵夫人の病気でした。

伯爵夫人は数日前から病臥し、自分が主役を務めていたいくつかの集まりにも顔を出しませんでした。

そして誰にも会わずに、かかりつけの著名なペテルブルグの医師達の代わりに、あるイタリア人の医師に掛かり、何やら変わった新しい療法を受けているという噂でした。

この妖艶な伯爵夫人の病気は、同時に2人の夫と結婚する事の不都合から生まれたもので、イタリア人医師の療法がこの不都合を無くする事にある事は、誰もが良く知っていました。

しかし、アンナ・パーヴロヴナの前なので、誰もそれをおくびにも出さなかったばかりか、そんなことは知らないようなふりをしていました。

 

「お気の毒に、伯爵夫人はひどくお悪いそうでございますわ。先生のお話では狭心症だとか。。」

「でも、狭心症のおかげで恋敵同士が仲直りしたとかいうじゃありませんか。」

狭心症という言葉が大きな満足を持って繰り返されました。

「老伯爵は大変なお悲しみのようでございますわ。容態が思わしく無いと先生がおっしゃったら、子供みたいに泣き出しておしまいになったとか。。」

「おお。。そんな事になったら大変な損失ですよ。あんな素晴らしい布陣ですものな。」

 

「かわいそうな伯爵夫人の事をお話しなさっているのね。」と、アンナ・パーヴロヴナが側へ来ながら言いました。

「容態を伺いに、使いの者をやりましたのよ。いくらか良い方に向かったという返事でしたけど。ええ、それはもう異論無しにあの方は世界で最も魅力ある女性ですね。」と、自分の感動に微笑を誘われながら、アンナ・パーヴロヴナは言いました。

「それに、私とあの方は派は違いますけれど、でもそんな事はあの方のご立派な功績を尊敬する妨げにはなりませんわ。本当にお気の毒に。。」と、アンナ・パーヴロヴナは言い添えました。

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(解説)

1812年8月26日ボロジノの会戦当日のおそらく深夜(夜明けで戦争が始まるのでその直前だと思います)の、ペテルブルグでのアンナ・パーヴロヴナの夜会の様子ですね。

相変わらず、なんの為にもならない事を話している様子ですね。

戦場では、自分の命さえ忘れたような緊張感にみなぎっているのですけれどね。

この戦場に臨む人々とペテルブルグのいわゆる上流階級の温度差というものが感じられるシーンですし、内容的にも『そうなんです、この人達は何もわかっていません』というトルストイ先生の発信が見られます。

 

ここでは、ピエールの妻のエレンが何やら重篤な病に伏している事が示されています。

しかも彼女は、ピエールと別れて外国の王子様と老高官の伯爵と両方と結婚したい。。(順番的には老高官➡︎老高官がすぐになくなるので、次に外国の王子様ですねえ〜(^。^))と思っているようですね。

どうも、その辺りの『悩み❓』が原因ぽい感じで噂されているようです。

こういう低俗な話題を、しかも「あのお方の功績は素晴らしい」と連発する社交界の人々の、いかにも軽薄で表面的な人間像が如実に表現されています。

 

しかも、彼女はいつもの主治医のペテルブルグの名医ではなく、イタリアの訳のわからない治療を受けているという事です。

彼女にとって、社交界で自分が中心であり続ける事は『命』でもある訳ですが、それすら欠席して怪しい治療を受けるって、何か重大な理由がありそうですね。。