戦争と平和 第3巻・第3部(9−1)ピエール、安堵の眠りに『彼ら』の事、友人たちの事、恩人の事を | 気ままな日常を綴っています。

気ままな日常を綴っています。

いつか静かに消える時まで。。
一人静かに思いのままに生きたい。。

(物語)

ピエールは、頭を枕に落とした途端に、眠りに吸い込まれて行くのを感じました。

ところがふいに、ほとんど現実のようにはっきりと、バーン、バーンという砲声や、うめき声や、叫び声や、砲弾の落下する音が聞こえ、血と硝煙の臭いが鼻を襲いました。

そして、戦慄と死の恐怖感が彼を捉えました。

彼はぎょっとして目を開け、外套の下から頭をもたげました。

庭の中はひっそりと静かで、ただ門の辺りで従卒が1人、庭番と話したり、歩き回ったりしているだけでした。

2つの黒い庇の間に澄んだ星空が見えていました。

 

『有り難い事に、あんな事はもう無いのだ』と、また頭を外套の下に引っ込めながら、ピエールは考えました。

『しかし、あんな恐ろしいものとは思わなかった。そして俺のあの怯えぶりはどうだ。。恥さらしな❗️だが彼らは。。彼らは終始、最後までしっかりと落ち着いていた。。』と、彼は考えました。

ピエールの観念の中の『彼ら』とはーー砲台に頑張っていた兵士達、彼にごった煮を食べさせてくれた兵士達、聖像に祈りを捧げた兵士達、あの兵士達でした、『彼ら』この奇妙な、これまで彼の知らなかった人達ーー『彼ら』は、ピエールの考えの中他の人達から画然と区別されていました。

 

『兵士になる事だ。黙って兵士になる事だ❗️』と、ピエールは眠りに落ちながら考えました。

『全身で、あの共同生活の中へ飛び込み、彼らをあのようにしているものに浸りきるのだ。でも、人間の外側を包んでいる、この一切の余計な、忌まわしい軛(くびき)を、どうしたら払い除けられるか❓一時期、俺はそういう人間になれたはずだった。俺は望み通り父の元から逃げることが出来たはずだし、さらに、ドーロホフ との決闘の後で、兵士としてどこかへ飛ばされる事も出来たはずだ。』

 

すると、ピエールの想像の中にドーロホフ に決闘を申し込んだあのイギリス・クラブの晩餐会の様子と、トルジョークの駅(※第2巻・第2部(1)ピエール、ペテルブルグへの道中の駅で、眼光の鋭い不思議な老人と出会う。)での恩人の姿がちらと浮かびました。

そして、ピエールの目には結社の厳かな会食の様子が見えて来ました、この会合がイギリス・クラブで行われているのでした。

そして、彼の心に近い、懐かしい、大切な誰かが食卓の端に座っていました。

そうです、それは恩人(ヨシフ・アレフセーエヴィチ・バズデーエフ)でした。

『でも、あの方は亡くなったじゃないか❓』と、ピエールは考えました。

 

『そうだ、死んだはずだ。しかし知らなかったな。あの方が生きておられたとは。死んだと聞いた時には本当に悲しかったが、いやあ良かった、良かった。まだ生きておられたのだ❗️』

食卓の一方の側には、アナトーリ 、ドーロホフ 、ネスウイツキィ、デニーソフ。。その他この類の人達が座っていました。

(こうした人達のカテゴリーは、夢の中のピエールの心の中で、彼が『彼ら』と呼んでいた人達のカテゴリーと同じ様に、はっきりと定められていました。)

そして、このアナトーリ やドーロホフ 達は、大声で怒鳴り散らしたり、歌ったりしていました。

 

しかし、彼らのこの喧騒の陰から、休みなく何やら話している恩人の声が聞こえていました。。そしてその言葉の響きは、戦場の唸りと同じ様に途切れる事無く、何か深い意味を蔵していましたが、しかし、それは耳に快く、心の休まるものだったのでした。

ーーーーー

(解説)

ピエールは、ボロジノの会戦から九死に一生を得て宿にたどり着き、すぐに眠りに就きますが、彼の脳裏にはあのバーン、バーンという砲声や、うめき声や、叫び声や、砲弾の落下する音が聞こえ、戦慄と死の恐怖感が彼を捉えました。

 

はっと目を覚ますと、そこは平和で静寂な夜で、ピエールは『有り難い事に、あんな事はもう無いのだ』と考えます。

うつらうつらしながらピエールはこの日の朝から見た光景を思い浮かべなす。

そして、自分の臆病ぶりに嫌悪し、『彼ら』ーー砲台に頑張っていた兵士達、彼にごった煮を食べさせてくれた兵士達、聖像に祈りを捧げた兵士達、あの兵士達ーーの、終始、最後までしっかりと落ち着いていた様子を思い浮かべます。。

『そうだ❗️兵士になる事だ❗️あの共同生活の中へ飛び込み、彼らをあのようにしているものに浸りきるのだ。でも、人間の外側を包んでいる、この一切の余計な、忌まわしい軛(くびき)を、どうしたら払い除けられるか❓』と、ピエールは夢の中で考えます。

ピエールは、兵士になるチャンスはこれまで何度かあったのに、どうしてそう出来なかったのか。。と夢の中で自分を責めているのですね。

 

ピエールは偶々富豪の父親から相続した莫大な財産の中にあって、漫然と生きて来た自分を責めるんですね。

また、大金持ちになったばかりに、愛してもいない女性と漫然と結婚し、地獄の結婚生活から逃れ周り、周囲はお金がある自分にちやほやしてくる。。もううんざりしているのですね。

こんな自分のままではいてはいけない、何とかして、『彼ら』のように『自分の意思で自分の生きる道を進む』事を望んでいるのだと思います。

 

しかし、『彼ら』は、農民だったりする訳で、今回の戦争も「旦那に命じられて、人殺しは嫌だけど仕方なく」参加しているのだと思います。

そしてね、『彼ら』は決して『自分の意思』で人生をチョイス出来ているわけでも無いと思うのですよね。。

恐らく。。『彼ら』は、『従うしか生きる道が無かった』から、ここに来ているような人達ばかりだと思います。

だったら。。どうせ死ぬんだし、祖国の為に一花咲かして逝こうじゃないか〜❗️という『覚悟』をした人達なんだろう、と思います。

彼らは『この世を生きる事の辛さ』を生まれた時から思い知っている人達です。

どうせ、この世に生きていても、旦那みたいになれる訳ではありません、彼らはただその日生き食べる事の重要性と喜びを認識している人達です。

『ただ食べて行ける事の喜び』を知っている人達です。(➡︎この事は次のチャプターの恩人の言葉『死ぬ事を恐れない』意味が隠されていると思います。)

ここにピエールと重大な差異があると思います。

 

ピエールの悩みは贅沢です、確かに。

しかし、この『ただ食べて行ける事の喜び』を知っているのと知らないとでは大きな差異があると思うのです。

この事を知っているからこそ、九死に一生を得た兵士達は、どこか不思議な見も知らないピエールに食事を分け与える事が出来たのだと思います。

そして、ピエールは無意識に、これを察知して、自分のお金を与えるのは彼らに対して失礼だし、それは『自分がやっぱり富豪という鎧を着ている』に過ぎない事を自認するようなものだ、と思ったのだと解釈します。

 

さて。。ピエールの夢は続きます。

なぜかイギリス・クラブの結社の会食の様子でした。

そこには、ピエールに人生の啓示をを与えてくれた恩人、アナトーリ 、ドーロホフ 、ネスウイツキィ、デニーソフ。。その他この類の人達が座っていました。

そして、アナトーリ やドーロホフ 達は、大声で怒鳴り散らしたり、歌ったりしている間、恩人はずっとピエールの耳に何かを語りかけていてピエールはその心休まる内容を必死に聞き取ろうとするのでした。。

 

(追記)

夢の中にアンドレイ公爵とロストフが出てこないのが少し不思議な感じがしますが、トルストイの彼らの位置付けの違いが表現されている感じもします。

ここの登場する友人:アナトーリ 、ドーロホフ 、ネスウイツキィ、デニーソフ。。みんな人間臭い人達ばかりですね。

ロストフも正義感が強くて人間味がありますが、ピエールに対してイギリス・クラブで無礼を働いていますし、夢の中では除外された人かもしれませんね。

アンドレイ公爵は、トルストイ自身も意図的にこれらの人間(ある意味ピエールとさえ)とは異質な存在として位置付けられていると思います。