(物語)
エレンは、廷臣達と共にヴィルナからペテルブルグへ戻ってから、面倒な立場に立たされていました。
ペテルブルグで、エレンは国家の枢要な地位を占めている高官の特別のひいきを受けていました。
ところがヴィルナで、彼女はある外国の若い王子と親密になりました。
彼女がペテルブルグに戻ってみると、王子も高官もペテルブルグに居て、2人とも自分の権利を表明した為に、どちらも辱めずに、どちらとも親密な関係を保つという、これ前の彼女の情史に無かった新しい難題に、エレンは直面したのでした。
他の婦人には難しいと思われるような事も、べズーホフ伯爵夫人を考え込ませた事は、かつて一度も有りませんでした。
こうした意味では、彼女はいたずらに最も聡明な婦人の名声を欲しいままにしていた訳ではありませんでした。
エレンは、自分の行為を隠す事は、自分の罪を認める事になり自分の情事を醜いものにする事を知っていました。
だからエレンは、望んで叶わぬ事の無い真の偉大な人間らしく、たちまち自分を正しい立場に置き、他の全ての人々が悪い事にしてしまうのでした。
一度だけ、若い外国の王子が思い切って彼女に非難めいた事を言った事が有りました、すると彼女はきっぱりとこう言ったのでした。
「それは男のエゴと言うものです❗️殿下、貴方は私の敬愛と友情の釈明を求めるどのような権利がお有りですの❓あのお方は私にとって父以上のお方でしたのに。。」
王子は何か言おうとしました。。しかし、エレンはそれをさえぎりました。
「ええ、そうね。。」と、彼女は言いました。
「あのお方が私にお寄せになっているお気持ちは、父の情ばかりとも言えないのかもしれませわ。でも、それだからと言って、あのお方が家にお見えになるのを、お断りしなければならぬ理由が私にあるかしら❓私は男じゃありませんから、恩を仇で返すような真似は出来ません。殿下もお分かりになるでしょうけど、私が胸の奥に秘めた思いを打ち明けるのは、神様と自分の良心に対してだけですわ。」
でも、僕の言葉も聞いて下さい、お願いです。」(殿下)
「私と結婚して下さいませ、そしたら私は貴方の奴隷になりますわ。」(エレン)
「でも、それは無理です。」(殿下)
「貴方はご身分が違うから、私と結婚しては下さいませんのね、貴方は。。」と、エレンは涙声になって言いました。
王子は彼女をなだめ始めました。
エレンは目に涙を浮かべながら、彼女が一度も今の夫の妻であった事は無く、家の犠牲になって結婚させられた事などを語り続けました。
「でも法律が、宗教が。。」と、もう降伏しかけながら王子は言いました。
「法律、宗教。。これが許せない位だったら、何の為にそんなものが作られたのでしょう❗️」と、エレンは言いました。
王子は、こんな簡単な判断が頭に浮かばなかった事に、自分でも驚きました、そして親しくしていたイエズス会の会士達に助言を求めました。
それから数日後、エレンがカーメンヌイ・オーストロフの別荘で催したある華やかな夜会で、美しい中年の修道士、短衣のイエズス会の会士(※カトリックの協会では、司教の位を受けた者が長衣の僧院長、受けていない者がこう呼ばれていた)ムシュー・ジョベールが、エレンに紹介されました。
彼は美しいイルミネーションと音楽の流れる庭で、長い間エレンと、神とキリストと聖母に対する愛について、現世と来世においてただ1つの真のカトリック教によって与えられる慰めについて語り合いました。
エレンは深く心を打たれました、そして何度か彼女の目にもムシュー・ジョベールの目にも涙が滲み、声が震えました。
そしてその晩から、彼はしげしげとエレンの家を訪れるようになりました。
ある日、ムシュー・ジョベールは、伯爵夫人をカトリック教会に案内しました。
彼女は祭壇の前に導かれて、ひざまずきました。
美しい中年のフランス人が、彼女の頭に手を乗せました。
途端に、彼女は、何か爽やかなそよ風のようなものが心の中に吹き通って来るような気がしました。
それは『恩寵』だと、彼女は教えられました。
次いで彼女の前に、長衣の僧院長が案内されて来ました。
彼は彼女の懺悔を聴き、その罪を許しました。
翌日、聖餐(せいさん)を納めた箱が彼女の家にもたらされ、家で用いるように、と置いて行かれました。
それから数日すると、エレンは真のカトリック教会に入籍を許された事と、近日中にそれが法王の耳に達し、法王から免許状のようなものが送られて来る事を知らされて、大きな喜びを覚えるのでした。
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(解説)
場面がエレンに変わっていますが、相変わらず派手な男性関係を続けているようです。
しかし、彼女の相手は政府の高官だったり、ある国の若い王子だったり、煌びやかな男性達ばかりです。
エレンは、当時すでにピエールと結婚をし、ロシア一の大富豪べズーホフ伯爵の夫人という地位にありましたので、ここである国の若い王子に結婚を迫る。。という展開はちょっと日本人の感覚に合わないと思います。
が、当時のヨーロッパ、特にフランス国王の愛妾は『既婚者』である事が暗黙の了解であったようですね。
エレンは、フランス風な生き方をする貴婦人として描かれている節もありますので、こういう奇異な展開も、当時はありありだったのだと思います。
参考までに(追記)で、なぜ(特にフランス国の)王の愛妾は既婚者が望まれたのか❓について考えられるいくつかの理由を貼って置きます。
まあ、この王子が世継ぎだったのか、単なる殿下だったのかはわかりませんが、王子はエレンに結婚を迫られると『法律』と『宗教の違い』で結婚を断ります。
しかし、感情的には王子もエレンに未練が有ったようで、法律は如何し難くとも、改宗は出来るのではないか。。とお友達のイエズス会の会士にちょっと相談するのですね。(ちょっと滑稽な感じもしますが。)
エレンにしてみれば、ロシア一の大富豪の夫人の肩書きよりも、王子の奧さんになった方が良いと思っているのですね。
どこまでがめつい女でしょう。。ちょっと呆れてしまいますが、とにかくエレンは、カトリックに改宗したという経緯が描かれているようですね。
それでは、エレンは王子と結婚出来るのでしょうかね。。(❓)
ちょっと漫画みたいな展開で笑ってしまいますわ💦
(追記)国王の愛妾は、なぜ既婚者から選ばれたのか❓
国王の相手として、それなりの成熟度や知性が求められ、まだ未婚の『男女の機微』とか『世間』に疎い10代の少女は敬遠されたものと考えられます。
文学や美術などに精通もしている必要がありましたし、国王の愛称として、世間に出しても恥ずかしくない教養が求められ、また、冷静に感情をコントロールしうる精神的基盤が求められたと思われます。
また、選ばれた彼女達は、『あくまでも愛妾』として生きる事を強く求められた訳で、『国王と結婚をしない・求めない』という事が暗黙の了解とされていたと考えられます。
これは、大変高貴な出身である王妃の立場を脅かす存在になってはならない、という配慮、また、王妃が嫡子を生んでいる場合の法的混乱・社会的混乱を避ける必要性があったからでした。
そして、愛妾となった女性達は、その夫を出世させる事によって、国王に必要以上の愛情を求めないという暗黙の了解が有ったと思われます。
しかし、家から国王の愛妾になった女性が出た場合、この女性の実家も夫の家も大変な名誉な事だったと思われます。
だから、夫も妻を国王に黙って差し出す事になんの疑問も持たなかったと思われます。