戦争と平和 第3巻・第2部(38−1)ナポレオン、己の偉大さに固執し、真理から乖離する。 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

戦死者や負傷者に埋め尽くされた戦場の凄惨な光景は、頭の重苦しさや、20名の将軍達の死傷の知らせや、かつては強かった自分の腕の無力の意識などと重なり合って、死傷者を見て回り、それによって自分の精神力を試す(彼はそう考えていました)事を愛して来たナポレオンに、意外な衝撃を与えました。

この日は、戦場の凄惨な光景が、自分の偉業と偉大さの基をなすものと考えていたその精神力を圧倒しました。

彼は急いで戦場を離れ、シェヴァルジノ堡塁へ戻りました。

 

彼は黄色く浮腫んだ重苦しい顔をし、目をドロンと濁らせ、鼻を赤く染め、声をかすれさせて、組み立て床几(しょうぎ)に腰を下ろして目を上げようとせずに、耳を塞ぎたい思いで、激しい砲声を聞いていました。

彼は自分がその原動力であると認めながら、自分の力で止めることが出来なかったこの戦闘の終わるのを、胸を締め付けられるような切ない思いで待っていました。

個人的な人間的感情が、束の間、彼がこれまで長年に渡って培って来た人生の作り物の幻影を押さえつけたのでした。

彼は、戦場で見て来たあの苦痛と死を我が身に受け止めていました。

頭と胸の重苦しさが、彼にも苦痛と死がありうる事を思い知らせるのでした。

彼はこの瞬間、モスクワも、勝利も、栄光も欲しいとは思いませんでした。(彼に、さらにどの様な栄光が必要あろうか❓)

 

彼が今願っていたものは、休息と、安静と、自由だけでした。

だが、彼がセミョーノフスコエの丘の上に居た時、砲兵司令官が、ロシア軍に対する砲撃を強化する為に、この丘の上に数門の砲を進出させる事を彼に進言しました。

ナポレオンはそれを認めて、それらの砲の挙げた戦果を報告する事を命じました。

副官が馬を飛ばして来て、皇帝の命令により200門の砲がロシア軍に集中砲火を浴びせているが、ロシア軍は依然として頑張っていると報告しました。

「わが砲撃は敵の列をなぎ倒していますが、敵は退こうとしません。。」と、副官は言いました。

「彼らはもっと欲しいのか❗️」と、ナポレオンはかすれた声で言いました。

「陛下❓」と、聞き取れなかった副官が聞き返しました。

「彼らはもっと欲しいのだな❓」と、ナポレオンは顔を険しくしかめて、かすれた声で言いました。

「よし、もっと食らわせてやれ。」

 

彼の命令が無くとも、彼の望んだ事は行われていました。

彼がその指示をしたのは、単に彼の命令が待たれている、と思ったからに過ぎませんでした。

そして彼はまた、これまでの自分の世界、偉容らしい幻影を持つこしらえられた世界へ移って行きました、そして彼の宿命として定められた、あの残酷な、悲しい、苦しい、非人間的な役割を、従順に実行し始めるのでした。

 

そして、この惨事の全ての重さを、この戦闘の全ての参加者達よりも重く我が身に担っているこの人間の、思考と良心が曇ったのは、この日のこの一時だけではありませんでしたが、しかし彼は、死ぬまで一度も、善も、美も、真理も、自分の行為の意義も理解出来ませんでした。

なぜならそれらの行為は、その意義を彼が理解出来る為には、あまりにも善と真理に矛盾し過ぎており、あらゆる人間的な者から人間的なものから余りにも遠く掛け離れていたからでした。

しかし彼は、世界の半数から賞讃されている自分の行為を否定する事など、到底出来ませんでした、よって、真理・善・一切の人間的なものの方を、むしろ否定せねばならなかったのでした。

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(解説)

う〜〜〜む。。ここも難しい所だと思います。

 

フランス軍は、苦戦を強いられているのですね、死傷者は増すばかりです。

しかも、ロシア軍は、相当な砲撃を受けているにもかかわらず頑として降伏して来ません。

フランス軍も、もう疲弊しています。

ナポレオンは、普通だったら、『ここで引く』という判断をしなければならない事態に陥っています。

しかし、彼の栄光がその『正しい判断』を出来なくするのですね。。

彼のヨーロッパ全土での陸上戦は連戦連勝、しかも10数年に渡って、ですから。

その栄誉は、『不動』でなければならないのですね、彼の中では。

 

そうこうするうちに、被害は増すばかりです。

彼は、もうどうする事もできません。

運に身を任せている状態ですね、虚しいけれど。

 

もし、彼が相当早めに戦闘を切り上げる事ができれば。。それでも彼は責めを負う事になったでしょう。。

その惨めな自分を考えたくない、しかし、戦局はどんどん不利に傾いていく。。もう、ここで決断を。。というジレンマの中で彼が自らが作り上げた自分の偉容にしがみつかざるを得ない心理を表現している部分だと思います。