戦争と平和 第3巻・第2部(20−2)ピエール、明日の命も保障されない農民達の今を生きる姿に感銘 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

「おや、伯爵じゃありませんか、どうしてこんな所へ❓」と、軍医は尋ねました。

「ええ。。ちょっと見たいと思いましてね。。」

「ほう。。なるほど、そりゃ見るものはあるでしょうな。。」

ピエールは馬車を降りると、軍医と立ち話を始めて、戦闘に参加したいという自分の意向を説明しました。

 

軍医は、大公爵閣下(=クトゥーゾフ)に直接頼む事をピエールに勧めました。

「だって、戦闘の隙に何処に居たものやらわからんで、迷い子になっては困りますからな。」と、若い部下と目配せして軍医は言いました。

「大公爵閣下は何と言っても貴方をご存知ですし、快くお引き受け下さいますよ、そうなさる事ですね、伯爵。」と、軍医は言いました。

「それが良いですね。。で、もう1つ伺いたいのですが、陣地は何処でしょうか❓」と、ピエールは言いました。

「陣地❓それはもう私の領分じゃありませんので、タターリノヴォへ行ってごらんなさい、あそこで大勢で何やら掘ってるようですから。そう、あの丘に登ると良いですよ、あそこから見えますよ。」と、軍医は言いました。

「ええ❓あんな所から見えるのですか❓。。じゃ、よろしかったら。。」

しかし、軍医は疲れ切って先を急いでいるらしく、話を打ち切って馬車の方へ歩き出しました。

 

「ご案内したいのですが、今、軍団長の所へ駆けつけている途中なんですよ。だって、今日はてんやわんやでしょう❓。。ご存知でしょうが、伯爵、明日は決戦ですよ。10万の兵ですから少なくとも2万の負傷者を考えなけりゃなりません、ところが担架も、ベッドも、看護兵も、軍医も、6,000人分に足らん有様ですよ。荷馬車は1万台ありますが、荷馬車だけ有ってもどうにもなりませんよ。もう出たとこ勝負でやれって訳です。」

あの陽気な驚きの目で、ピエールの帽子を眺めていた、あの元気一杯の若者や年寄り達の、数万の兵士達のうち、確実に2万人は負傷か死と運命付けられているのだ(もしかしたら、彼が見たあの人達かも知れない)、という奇妙な考えがピエールを戦慄させました。

 

『彼らは、もしかしたら、明日死ぬかも知れない、それなのにどうして彼らは、死以外の何か他の事を考えているのだろうか❓。。』すると、ふいに、モジャイスクからの坂道、負傷兵を乗せた荷馬車の列、三連鐘、斜めに射した陽光、騎兵隊の軍歌がありありと彼の脳裏に描き出されました。

『騎兵達は戦闘へ出掛けて行く、そして負傷兵達とすれ違う、だが自分達を待ち受けているものには考えを向けようとしないで、負傷兵達に目配せしたりして、朗らかに通り過ぎて行く。。ところが、彼らを含め全ての兵士の2万人は死を運命づけられているのだ、それなのに彼らは俺の帽子を珍しがっている❗️奇妙な事だ❗️』

さらにタターリノヴォへ馬車を進めながら、ピエールは考え続けました。

 

道の左側の地主屋敷の前に、数台の幌馬車や大型荷馬車がが止まり、従卒達がたむろし、歩哨が立っていました。

ここが総司令官の宿舎でした。

だがピエールがついた時、彼は不在だったし、幕僚達も1人も居ませんでした、全員が祈祷式に行っていました。

ピエールはゴールキーに向けて馬車を進めました。

 

山道を登り、狭い村道に出た所で、ピエールは初めて帽子に十字の紀章を付けた白シャツ姿の百姓の民兵達を見ました。

彼らは大声で喋ったり、わあわあ笑ったりしながら、元気に汗まみれになって、道の右手の雑草に覆われた大きな丘の上で、何やら作業をしていました。

スコップで土を掘っている者もあり、板を敷いた道を手押し車で土を運んで行く者もあり、何もしないでぼんやりつっ立っている者も居ました。

2人の士官が丘の上に立って、作業を指揮していました。

 

どうやらまだ珍しい自分の兵隊姿に浮かれているらしいこの百姓達を見ると、ピエールはまたモジャイスクの負傷兵達を思い出しました。

そして、「国民全部でのしかかろうって訳だ」と言ったあの兵士が言おうとした事が、彼にはわからなくなりました。

これらの髭面の百姓達が、おかしな格好のブサイクな長靴を履き、首筋を汗で光らせ、戦場で作業をしている姿が、この戦局の厳粛さや重要さについて今日まで見たり聞いたりしてきたどれよりも、強い感動をピエールに与えたのでした。。

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(解説)

これは、かなり難しい場面だと思います。

前回も記載しましたが、ピエールは、モスクワの広場で理不尽にフランス人が鞭打ちの刑に処せられるのを見て『これは何という(理不尽な)事だ、ロシア民にこんな理不尽をさせてしまう戦争というものは一体何なのだ❓』という思いから、急に「戦争に行く❗️」と思い付き、奇しくもボロジノの会戦の前日に部隊を求めてどうやら総司令官の宿舎に辿り着く事が出来たという話ですね。。筋的には。

 

問題は、そこまでの過程で、『ピエールが何を見て、何を感じたのか❓』ですね。

記述の通り、ピエールは、実戦というものを全く知らずに突如戦争に行くと行動しているのですね、それは彼の『正装(=燕尾服とシルクハット)』が物語っています。

 

(1965−67 ソビエト映画『戦争と平和』ピエール:セルゲイ・ボンダルチュク 戦争の現場を知らないピエールは、燕尾服とシルクハットという出で立ちで戦争を見に生きます。)

しかし、彼は、ボロを巻きつけられた負傷兵の群れを見、また一方でまるでお祭りのように軍歌を陽気に歌いながら進んで行く騎兵隊などを見ます。

そして、負傷兵の一人は「農民だろうが何だろうが検査も無しに徴兵される、国民全員でのしかかろうという訳だ」という言葉の意味は『字ズラ』では理解はしますが、『それが、農民達徴兵された者にどういう運命をもたらすのか❓』という繋がりがイマイチ頭の中で結び付きません。

 

そこへ、ようやく知人の軍医に出会います。

軍医は、ピエールが(この格好で)戦争に行きたい。。と言うので、『あああ、おやっさん、またいつもの。。』的にピエールの現実離れに呆れながらも総司令官のクトゥーゾフ (=大公爵)を紹介するのですね。

軍医は、ピエールがロシア一の大富豪である事を知っていますから(ピエールはそれなりの寄付や援助を今までして来たのでしょうね、ないがしろには出来ません。)、一番信頼できるクトゥーゾフ を紹介したのだと思います。

まあ、彼だったら、ピエールが大会戦の途中でどっか変な所へ行かないように目を光らせてくれるだろう。。的な感じですね。

ピエールは、軍医が戦争の最中で忙しい、なんて発想は有りませんから、一緒に来てくれるように頼みますが、軍医は「明日は決戦で、10万の兵士のうち2万は負傷するはずだからその準備に超忙しい」と失礼の無いようにやんわり断ります。

 

この言葉はピエールに衝撃を与えました。

10万のうち2万が死か負傷なら。。。さっきすれ違った負傷兵が全てではなく、元気に行進していた兵士達も明日の命もしれないのだ❗️と。。

それなのに、彼らはなんて陽気にしているのだ。。

そしてピエールはクトゥーゾフの宿舎の近くで作業をしている農民達を目撃します。

そこには、『何も考えずに』ただ目の前で言われた作業を黙々としている兵士として駆り出された農民達の姿がありました。

『明日の命も保障されていない』という事などに想いを寄せていたら、こんな事は出来ない、という事を、目の前の兵士として駆り出された農民達が『実際に』やっている光景が理解出来ないのですね、啓蒙思想の強いピエールには。。

ピエールは、社交界で、戦争というものの厳粛さや重要さ、について議論して来た事は、所詮、(ピエール自身を含めて)上から目線の無傷の人間が喋っているつまらん事であり、実際今彼がここで見ている『命を厭わない(心の根底にある)愛国心・奉仕の精神』に比べたら、比べる事自体が失礼にあたる次元の事だ、と感じたという事では無いか、と思います。