戦争と平和 第3巻・第2部(15−3)クトゥーゾフ、周囲の者の話に耳を傾けるも。。。 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

クトゥーゾフ はぐったりした目でデニーソフを見守り、腹立たしげに両手をベンチから離すと、腹の上に組んで、相手の言葉を繰り返しました。

「祖国の安泰の為に❓何だね、そりゃ❓言ってみい。」

デニーソフは娘の様に顔を赤らめて、臆する気色も無く、スモーレンスクとヴャージマの間で敵の連絡線を分断するという自分の作戦計画を開陳し始めました。

デニーソフは、その地方に住んでいた事があり、地形に詳しかったのでした。

彼の計画は疑いも無く良いものに思われたし、特に彼の言葉にこもっている確信の強さによれば、それは間違いない様に思われました。

 

クトゥーゾフ は足元に視線を落とし、時折ちらと隣家の庭へ目をやりました。

彼はそちらから何か不快なものが現れるのを気にしていました。

果たして、彼が時々目をやっている隣家の陰から、デニーソフの弁舌の途中に、書類鞄を小脇に抱えた1人の将軍が現れました。

「どうした❓もうできたのかな❓」と、デニーソフの話の半ばにクトゥーゾフ は言いました。

「できました、閣下。」と、将軍は言いました。

クトゥーゾフ は、『こんな事がそんなに早く1人で出来る訳あるか』とでも言いたげに、頭を振りました、そしてそのままデニーソフの述べるのを聞いていました。

 

「ロシア士官の名誉にかけて誓います。」と、デニーソフは言いました。

「私がナポレオンの後方連絡を分断します。」

「主計長の木リール・アンドレーエヴィチ・デニーソフは、君の親戚かな❓」と、クトゥーゾフ は彼を遮りました。

「伯父であります、閣下。」

「ぼう❗️ありゃ、わしの仲間でな。」と、クトゥーゾフ は愉快そうに言いました。

「よし、よし、君、司令部に留まりたまえ、明日ゆっくり聞こうじゃないか。」

デニーソフに一つ顎をしゃくると、クトゥーゾフ は顔を回して、コノヴニーツィンが持って来た書類に手を伸ばしました。

「お部屋に入られた方がよろしくありませんか、大公爵閣下。」と、当直の将軍が不服そうな声で言いました。

「計画書を検討しなければなりませんし、署名を頂かねばならぬ書類もありますので。」

戸口から出て来た副官が、室内の用意が出来た事を伝えました。

しかしクトゥーゾフ は、部屋に入るのは仕事から解放されてからにしたいらしい様子でした、彼は渋い顔をしました。

「いや、君、テーブルをここへ持って来させてくれ、わしはここで見る、君は待っていたまえ」と、アンドレイ公爵を見ながら言いました。

アンドレイ公爵は、階段の所に残って、当直の将軍の話を聞いていました。

 

報告の間、アンドレイ公爵は、入り口の扉の内側に、ひそひそ囁いている女の声と、絹の衣装の鳴る音を聞きました。

扉の陰に、薔薇色の衣装をつけて、藤色の絹のプラトークで頭を包んだ頬の赤い、美しい、太った女が、総司令官を待っているらしく、盆を捧げて立っているのを認めました。

あれはこの家の主婦で、司祭の妻で、大公爵に歓迎の塩とパンを渡す事になっているのだ、とクトゥーゾフ の副官が小声でアンドレイ公爵に説明しました。

彼女の夫は十字架を捧げて寺院で大公爵を迎えましたが、彼女は家で。。「実に優しい女ですよ。」と、副官は笑いながら付け加えました。

 

クトゥーゾフ はこの言葉にじろりと振り向きました。

クトゥーゾフ が当直の将軍の報告(この報告の主要事項はツァリョーヴォ・ザイミンチェ付近の陣地に対する批判でありました)を聞いていた態度は、デニーソフの作戦計画を聞いていた時と同じであり、それは7年前にアウステルリッツで作戦会議を開いていた時のあの態度と同じでした、即ち、聞こえるから、というに過ぎないものでした。

当直の将軍の報告には、クトゥーゾフ の関心を引いたり出来るものは何も無いばかりか、もう聞くまでも無いすっかり承知している事でしたが、聞かねばならぬ事が明らかだったからでした。

 

デニーソフが述べた事は全て要を得ていて、賢明でした。

当直の将軍が報告した事は、それよりもさらに要を得て賢明でした。

しかし明らかに、クトゥーゾフ は知識も知力もべっ視して、事態を解決しなければならぬはずの何か他のものがある事を知っていました。

知力や知識とは関わりの無い何か他のものでした。

アンドレイ公爵は、総司令官の顔の表情を注意深く見守っていました。

そして、彼がそこに捉える事が出来た唯一の表情は、退屈と、扉の内側で女のささやきが何を言っているのか、という好奇心と、礼節を守らねばという慎みの表情でした。

 

また、クトゥーゾフ は、知力も、知識も、デニーソフが吐露した愛国的感情さえも蔑視していましたが、彼は自分の老練と人生経験によってそれらを蔑視していたのでした。

この報告に対して、クトゥーゾフ が与えた命令は、ロシアの略奪行為に関するものが1つだけでした。

当直の将軍が報告の終わりに1通の命令書に大公爵の署名を求めました。

それは、地主の要請により、刈り取った青い燕麦に対する料金を各部隊から徴収するという通信でした。

クトゥーゾフ はそれを聴き終えると口を尖らせて首を振りました。

「ペチカ行きだ。。火にくべたまえ❗️わしはそれを命令もせんし、許しもせんが、罰金も取れんな。仕方の無い事だ。薪を割ればーー木っ端は飛ぶものよ」彼はもう1度その通告を見ました。

「なるほど、ドイツ人の細かさか❗️」と、彼は首を振りながら、言いました。

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(解説)

はい。

総司令官になったクトゥーゾフの、周囲の者の言い分に対する反応を描きながら、彼の人となりを表現している部分だと思います。

まず、熱血漢で怖いもの知らずのデニーソフ軽騎兵大佐の作戦を聞いてあげます。

特に彼の作戦を良いとも悪いとも発言せずに、デニーソフの伯父とは仲間だった事を知り、司令部に留まるよう言います。

 

次に当直将軍の報告を聞きます。

その報告の内容は、クトゥーゾフがすっかり承知していたものなのでしたが、報告は聞かねばならないと眠そうに聞いています。

そして、彼は、報告者達が重要視している知力や知識ではなく、戦争というものは経験が物を言うのだと思っています。

そうです、アウステルリッツでも、『敵はこうあるはずだ』と言うあらかじめナポレオンからインプットされた知識に基づいた計画は何の役にも立ちませんでした。

「その瞬間」の経験による即効的で適切な判断とその判断の正確な伝達こそ全てだと、クトゥーゾフ は考えているようです。

 

そして、当直将校は最後に、1通の命令書にクトゥーゾフ の署名を求めます。

それは、地主の要請により、刈り取った青い燕麦に対する料金を各部隊から徴収するという通信でした。

この命令書は、おそらく先のドイツ人の総司令官(バルクライ・ド・トリー)の息がかかった命令書だったのでしょう。。

クトゥーゾフ は、この命令書がナンセンスで火にくべよ、と怒ります。

そうです、戦時中という緊急下に於いて、有償で徴収している場合では無いだろう。。という事だと解釈します。

命を捧げている兵士達や巻き添えを食った住民達が大勢居て、その人達が何の見返りもなく国家に捧げているのに、兵士達の食料として麦を供出するに際して金をよこせ、は無いだろう。。そんなスケールで物を考えているドイツ人なんかとやっとられん❗️、と解釈します。