戦争と平和 第3巻・第1部(20−3)ペーチャ、軍務を志願する。そしてピエールとナターシャ。 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

シンシンが老伯爵の愛国心に対して用意していた戯言をまだ言い出さぬうちに、ナターシャがいきなり立ち上がって父の前に駆け寄りました。

「素敵だわ、大好きよ、パパ❗️」と、彼女は老伯爵に接吻しながら言いました、そして、活気と共に彼女に戻ったあの無意味な媚びを込めてピエールをじっと見ました。

「ほう、すごい愛国女性が現れたぞ❗️」と、シンシンが言いました。

「伯父様は何でも茶化すけど、これは全然冗談事ではないわ。」と、ナターシャはムッとして答えました。

「冗談事なものか❗️陛下のお言葉さえあれば、我々は皆立ち上がるのだ。。我々はそこらのドイツ人どもとは訳が違う。。」

「お気付きになりましたか❓策を議し、とありましたね。」と、ピエールは言いました。

「なに、そうなればもう何の為であろうと、、」

 

その時、それまで誰にも無視されていたペーチャが、父の側へ寄ると、顔を真っ赤にして、声変わりで太いのと細いのが混じり合った声で言いました。

「今こそ、パパ、僕はっきり言うけどーーママも何なら聞いて下さいーー僕を軍務に就かせて下さい。だって、僕はじっとしていられません。僕が言いたいのはこれだけです。」

伯爵夫人は恐ろしそうに天を仰ぐと、両手をぱちっと合わせて腹立たしげに夫を見ました。

「そらごらん、藪を突いてしまって❗️」と、彼女は言いました。

だが、伯爵は直ぐに興奮から自分を取り戻しました。

「おやおや、また1人勇士が現れたか❗️馬鹿な事を言うものじゃない。おまえは勉強せにゃいかん。」

 

「これは馬鹿な事じゃありません、パパ。オボレンスキイは、フェージャは僕より年下だけど、やはり行くんです、でもそれより、どうせ勉強なんか出来ません、この。。」ペーチャは詰まって、真っ赤になって汗を吹き出しましたが、それでも思い切って言いました。「祖国が危ない時に。。」

「もうよい、よしなさい、馬鹿な事を。。」

「だってパパは自分で言ったじゃありませんか、全てを捧げるって。」

「ペーチャ❗️わからんのか、お黙り」と、老伯爵は座った目で下の息子を凝視している夫人の蒼白な顔へ目をやりながら、怒鳴りつけました。

「でもパパ、僕言います。ここに居るピョートル・キリールイチも言ってくれるはずです。。」

「はっきり言っておく。たわごとだ。まだ乳臭さも取れんうちに何が軍務だ❗️」そう言い捨てると、伯爵は、休息の前にもう一度書斎で読むつもりらしく、檄文を手にして部屋を出て行きました。

 

「ピョートル・キリールイチ、どうかは、一服やりませんかな。。」

ピエールはうろたえとためらいで気持ちが揺れていました。

優しさを超えた思いを込めて、絶えずじっと注がれている、ナターシャのいつになくきらきら光る燃えるような目が、彼をすっかり惑わせたのでした。

「いえ、僕は、どうも、家に帰る方が。。」

「おや、お帰りに❓だって今夜はここで過ごすとおっしゃったじゃありませんか。。それもたまにしかお見えにならんのに。うちのあれは。。」と、ナターシャを目で指しながら、伯爵は人の良い顔で言いました、「貴方が居て下さりさえすれば、機嫌がいいのですよ。。」

「そう、うっかりしていました。。どうしても家へ戻らんと。。用事が。。」と、ピエールはそそくさと言いました。

「それは残念ですな。じゃ、また、いらして下さいよ。」と、もう部屋を出た所で伯爵は言いました。

 

「どうしてお帰りになりますの❓どうして気分をお壊しになったの❓どうしてですの❓。。」と、ナターシャはピエールの目を見つめながら尋ねました。

『貴女を愛しているからですよ❗️』と彼は言いたかったのですが、流石にそれは言えず、真っ赤になってうつむきました。

「僕はなるべく来ないようにした方が良いからです。。だから。。家、ただ用事があるだけですよ。。」

「何ですって❓いいえ、おっしゃって。」と、ナターシャは思い切って言いかけてハッと口をつぐみました。

2人はギクリとして、どぎまぎしながら顔を見合わせました。

彼は笑おうとしましたが、出来ませんでした、彼の笑いは苦しそうに歪みました。

そして彼は、黙って彼女の手に接吻をして部屋を出ました。

ピエールは、もう、ロストフ家を訪れまい、と固く自分に誓うのでした。。

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(解説)

まず、15歳のペーチャの「軍務に就きたい」との希望を聞いた老伯爵の反応ですが、彼は「陛下のお言葉さえあれば、何でも捧げる」と言う強い愛国心を表したばかりでした。

しかし、まだ幼いもう一人の息子をも戦争に取られる事は、絶えられない事なのですね。。

しかし、老伯爵の言葉は決して偽善ではありません。

掛け替えのない息子を、命の保証も無い戦場に行かせる事を望む親が何処にいるだろうか❓たとえその親が強い愛国者であっても。。と言うトルストイの鋭い疑問の投げかけだと解釈します。

ここは、一つのトルストイの反戦思想が現れた箇所だと思います。

愛国心は大事だが、戦争というものは「愛国心」を盾にして若者の命を犠牲にするもんだよ、という矛盾点を突いていると思います。要するに戦争は絶対にいけない事なのだ、という強い主張の現れですね。

 

それから後段はピエールとナターシャの心情の交流ですね。

ナターシャは、ピエールだけが自分の良き理解者なのだと思ったのですね、今回の事件で。

そして、ピエールが来ると、ついついかつての自分の明るさを出してしまいます。

それがピエールに眩しいのですね、しかも、ナターシャは少なからず自分に好意(愛では無くても)を寄せている事に気がついています。

二人の間には、見えない電流が流れているのですね。。

 

しかし、ピエールはナターシャを幸せにする事は出来ません。

ピエールとエレンは、愛情のない結婚ですが、法律上の絆はとても強いのです。

ピエールは、いつかこの関係が破綻することを予感していますが、それがいつだなんてわかりません。

数ヶ月先かもしれないし10年先かもしれない。。

ピエールは、アンドレイとは全く違う人間です、だから、彼女にいい加減な約束をして心さえも通わす事は出来ないのですね。

それなら、自分の心をそっと閉じ込めてナターシャの幸せを祈ろうじゃないか。。と言った所でしょうか。。

 

しかし、ナターシャは、ピエールにそんな事を求めている訳では無いと思います。

彼女は信仰に目覚め、自分の汚い心をなんとか清らかに保とうと頑張っています。

そしてね、彼女はその自分を高く保つためにやっぱりピエール(の綺麗な心)が必要だったのですね。

だから、彼女はピエールに「こんなに早く帰ってしまう理由」を聞くのですね、自分の事が気に障ったのかな。。って。

そして、ピエールの様子を見た時に、もう大人になった彼女は全てを悟るのですね、きっと。

だから、ピエールを黙って帰してしまうのです。

ピエールは、妻帯者なんだから、自分が引き止めるのは失礼だって。

彼女自身にも、きっとそれが一番なのだってね。

こうして、二人はしばらく会わなくなるようですね。。