(物語)
金曜日にロストフ家の人々は田舎に発つ事になり、伯爵は水曜日に買い手と一緒にモスクワ郊外の別荘へ出掛けました。
伯爵が出掛ける日に、ソーニャとナターシャはクラーギン家の盛大な晩餐会に招かれたので、マーリヤ・ドミートリエヴナが2人を連れて行きました。
この晩餐会で、ナターシャはまたアナトーリと会いました。
ソーニャは、ナターシャが他人に聞かれたく無い様子でひそひそ彼を話をし、食事の間中そわそわしていた事に気付いていました。
家へ戻ると、ソーニャが待ち望んでいた説明を、ナターシャの方から先に言いだしました。
「あたし今日、彼とすっかり話し合ったのよ。」
「まあ、そうだったの❓すっかり本当の事を話して。彼はどんな事を言って❓」
「ああ。。ソーニャ、貴女が私と同じ位に彼の事を知っていてくれたら❗️彼はね、ボルコンスキーとどんな約束をしたのかって、あたしに聞いたの。お断りするのはあたしの自由だと言ったら、彼は喜んでたわよ。」
「でも、まさかボルコンスキーを断っていないわね❓」と、ソーニャは悲しそうに溜息をついて言いました。
「いや、もしかしたら、断ったかも知れなくてよ❗️ボルコンスキーとはもうお終いかも知れないわ。どうしてあたしの事をそんな風に悪く考えるの❓」
「私はただ。。貴女の気持ちがわからないだけよ。。」
「待って、ソーニャ、彼がどんな人間か、今にわかるわ、だから、あたしの事も、彼の事も、悪く考えるのはやめてちょうだい。私は誰の事も悪くなんか考えないわ。みんなを愛しているし、みんなに同情してますもの。でも、私は一体どうしたら良いの❓」
ソーニャは、ナターシャの甘え声の誘いには乗りませんでした。
「ナターシャ、貴女に口を聞かないでくれと頼まれたから、私は黙っていたけれど、今は貴女の方から言い出したのよ。ナターシャ、私は彼を信じないわ。どうしてこれを秘密にしておかなければならないの❓」
「そら、また始まった❗️」と、ナターシャは遮りました。
「ナターシャ、私、貴女の事が心配なのよ。」
「何が心配なの❓」
「貴女が自分を破滅させはしないかと。。」と、ソーニャはきっぱりと言いました。そして言ってしまってから、はっとしました。
ナターシャの顔には敵意が現れました。
「ええ、破滅させますわよ、破滅させますとも、出来るだけ早く破滅させて見せるわよ。貴女に関係の無い事よ。あたしをほっといてよ。貴女なんか大嫌い。」
「ナターシャ❗️」と、ソーニャはびっくりして叫びました。
「大嫌いよ、憎んでやる❗️貴女なんか永久にあたしの敵よ❗️」
ナターシャは部屋を走り出て行きました。
ナターシャはもう、ソーニャとは口を聞かないで避けていました。
彼女は、何か良くない隠し事でもしているようじゃ顔つきをしたまま、何か仕事に手を付けてみては、直ぐに放り出し、歩き回っていました。
伯爵が戻って来る事になっている日の前日、ソーニャはナターシャが何かを待ちわびるらしく、朝からずっと客間の窓際に座って、外を馬車で通りかかった軍人に何か合図をしたのを見て取りました。
ソーニャには、その軍人がアナトーリらしく思われたのでした。
ソーニャは、いよいよ注意深くナターシャを見張り始めました。
そして、ナターシャが食事の間から夕方にかけて態度が不自然なのに気が付きました。
お茶の後でソーニャは、ナターシャの部屋のドアの前に、落ち着かない様子でこちらが出て行くのを待っている小間使いを見ました。
彼女は小間使いを部屋へ通してやってから、そっとドアに耳を寄せ、また手紙が渡されたのを知りました。
するとふいにソーニャには、ナターシャが今夜何か恐ろしい計画を企てている事がぴーんと来ました。
ソーニャはドアをノックしましたが、ナターシャは彼女を入れませんでした。
『彼と逃げる気だわ❗️どんな事でもしかねない人だから。。伯父様(=ロストフ老伯爵)を送り出す時も、泣き出したりしたっけ。。でも、私はどうしたらいいのかしら❓』と、ソーニャは、ナターシャが何か恐ろしい事を企てている事を明らかに証明する色々な徴候を、改めて思い返しながら、胸を痛めました。
『伯父様は居ないし、どうしたらいいのかしら❓クラーギンに手紙を書いても返事は来ないと思うし。。困った時に相談しろ、とアンドレイ公爵が言ってたけど、ピエールに書こうかしら。。ああ伯父様が居て下されば❗️』
ナターシャをすっかり信じ切っているマーリヤ・ドミートリエヴナに話す事は、ソーニャには恐ろしい気がしました。
『でも、何れにしても。。私が家族の皆様への恩を忘れず、ニコラスを愛している事を証明するのは、今を置いて絶対に無いわ。たとい3晩でも眠らないで、この廊下で見張っていて、力ずくでもあの人を抑え止めて、家族の皆様の名に傷が付くことを防いで見せるわ』と、彼女は思うのでした。。
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(解説)
ソーニャは、ナターシャとクラーギン家の晩餐会に訪れた時、アナトーリとナターシャがひそひそと話し合っていたのを目撃します。
ソーニャは、ナターシャから昨晩、アナトーリとの一件について聞かされていたので、何か不穏なものを感じます。
ソーニャは、ナターシャに『アナトーリは危険人物だ』ともう一度説得してみますが、却ってナターシャを意固地にさせてしまいます。
留守だったロストフ老伯爵が帰ってくる予定の前日、ソーニャはナターシャが誰かを待っている様子で窓の外ばかりを眺めて落ち着きが無いのを見て取ります。
窓の外にはアナトーリらしい軍人が合図しているのを見て取りました。
そして小間使いがナターシャに手紙を渡したのを知ります。
ソーニャは、その時、アナトーリとナターシャは逃亡するのだ、と勘付きます。
ソーニャは、こんな時に限ってロストフ老伯爵は居ないし、ピエールに相談すべきなのか。。とどうしたら良いのか考えます。
そして、こんな重大な時こそ、自分のニコライへの愛情そしてロストフ家への恩返しだと、ナターシャがアナトーリと逃亡しないように廊下で張る決意を固めます。
という筋書きですが、ソーニャは、本当に素直に何の計算も無くナターシャの言い分を聞けていると思います。
その上で、彼女なりの常識を持って必死にナターシャを説得しているのですね。
だって、ソーニャは、ナターシャの外部しかわからないから。。
アンドレイの、まあ冷たい対応が彼女をどれだけ追い詰めていたのか、そして彼女はその苦しみからどれ程逃れたかったのか。。までは思いやる事は出来ません。
そして、ナターシャがアンドレイと結婚しても『こういう冷たさ』の連続の日々だろう。。となんと無く察知してしまった、という事を。
そこへ現れたのがアナトーリという情熱的に女性の心に訴えてくれる男性だったのですね。
しかし、やっぱり冷静に考えてみたら、アナトーリには何の責任感も無いのですよね、その時の感情が真実であったにせよ。
また、ナターシャが逃亡してしまったら、婚約者を裏切って妻帯者と逃げた、というロストフ家にとって極めて不名誉な汚名を着せられるのも明白です。
ソーニャは、ここでニコライに対する愛情を証明する為と、ロストフ家の名誉の為に一肌脱ぐ事を決意します。
ここでのソーニャはニコライへの愛という計算をしている風に見る向きも有るようですが、私は、ごく自然に彼女は『これはいけない』と思い、体を張る覚悟をしたのだ、と素直に彼女の気持ちを捉えたいですね。
(追記)
今、第4巻の3分の2位まで読み進めていますが、ソーニャは結局ニコライへの無償の愛・見返りの無い愛を求められ、身を引いています。
彼女の深層心理に、もしナターシャがアンドレイ公爵と結婚すれば、ニコライは金持ちの令嬢の公爵令嬢マリヤ(アンドレイの妹)とは法律上結婚が許されない事になる、すなわち、ライバルは1人減る。。という計算を少しはしていたのかもしれないですね。。
恐らく、当時の常識では、ロシア貴族の令息と孤児が結婚するというのは、かなり非常識な望みだった、という社会背景があったと思います。