戦争と平和 第2巻・第5部(13−2)ナターシャ陥落する。 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

アナトーリはナターシャをワルツに誘い、ワルツを踊りながら、彼女の胴に回した手に力を入れ、手を握りしめて、貴女は実に魅力的だ、僕は貴女を愛しています、などと囁きました。

エコセーズの時、ナターシャはまたアナトーリと組みましたが、2人だけになると、今度はアナトーリは何も言わないで、ただじっと彼女を見つめていました。

ワルツの時に彼が囁いたのは、あれは夢ではなかったか、とナターシャは訝しい思いに捉われました。

 

最初のフィギュアの終わりに、彼はまたナターシャの手を握りしめました。

ナターシャは怯えた目を彼に上げましたが、彼の優しい眼差しと微笑には、あまりにも自信に満ちた柔和な表情が溢れていたので、彼女は彼に言わなければならぬ事を言えなくなってしまいました。

彼女は目を伏せました。

「そんな事、あたしにおしゃらないで下さいまし、あたしは婚約している身ですし、その方を愛しておりますから。」と、彼女はひと思いに言いました。。彼女は彼に目を上げました。

アナトーリは、彼女にそう言われてもうろたえもしなければ悲しい顔もしませんでした。

「僕にそんな事を言わないで下さい。それが僕に何の関係があります❓僕はもう、何の見境も無く貴女を愛しているんです。貴女が僕の頭を狂わせる程美しいからとて、それが僕の罪でしょうか❓。。僕達の世界が始まるのです。」

 

ナターシャは、晴れやかに、しかし不安そうに、怯えた目を大きく見張って周りを見回しました、そしていつもよりも楽しそうに見えました。

彼女は、この夜の事はほとんど何も覚えていませんでした。

父が帰ろうと促しましたが、彼女はもう少し、とねだりました。

彼女は何処に居ても、誰と話していても、自分に注がれている彼の視線を感じていました。

 

それから彼女はこんな事を覚えていました。

衣裳の乱れを直す為に化粧室へ行く許しを父に求めて出て行くと、エレンが付いて来て、笑いながら、兄がすっかり恋の虜になってしまって。。と言いました。

その後小さなソファ室で、又アナトーリに出会いました。

エレンが何処かへ消えて、2人だけが取り残されました。

するとアナトーリは、彼女の手を取って、優しい声で言いました。

「僕の方から貴女をお訪ねする事は出来ませんが、もうこれ切りお会い出来ないのでしょうか❓僕は気が狂う程貴女を愛しています。」そう言うと、彼は彼女の行く手を塞いで、顔を彼女の顔に近づけました。

 

「ナタリィ❗️」と、彼の声が問いかけるように囁きました。

そして誰かが強く彼女の手を握りしめました。「ナタリィ❗️」

『あたし何もわかりませんもの、何も言えませんわ』と、彼女の目は言いました。

厚い唇が彼女の唇に押し付けられました。

そして次の瞬間、彼女はまた自分の身体が自由になったのを感じました、と同時にエレンの足音と衣擦れの音が聞こえました。

 

ナターシャはエレンを振り向きました、それから、真っ赤になってガクガク震えながら、咎めるような怯えた目で彼を見ると、ドアの方へ歩き出しました。

「一言、一言だけ言わせて下さい、お願いです」と、アナトーリは言いました。

ナターシャは立ち止まりました、彼女はどうしてもその言葉を彼に言って貰いたかったのでした。

それが今の出来事を明らかにしてくれて、それに対して彼に返事をしてやれるかも知れないと思ったからでした。

しかし彼は「ナタリィ、一言、一言だけ。。」と繰り返すばかりでした。

 

エレンが側へ来て、ナターシャと一緒に客間に戻りました。

夜食に残らないで、ロストフ父娘は辞去しました。

 

家へ帰ってから、ナターシャはその夜は一晩中眠れませんでした。

自分はどちらを愛しているのか、アナトーリをか、それともアンドレイ公爵をか。。と言う解く事の出来ぬ疑問が彼女を苦しめました。

アンドレイ公爵は彼女を愛していたーー自分がどれ程強く彼を愛していたか、彼女ははっきりと覚えていました。

しかし、アナトーリの事も、彼女は愛していました、それは疑う余地が有りませんでした。

 

『出なければ、あんなことが考えられるかしら❓あんな事の後で、別れしなに、あの人の微笑に微笑を返す事が出来たのだもの、あそこまで許す事が出来たんだもの。とすれば、一目見た時から、あの人が好きになったという事なんだわ。あの人が善良で、品が良くて、美男子だから、好きにならずには居られなかった、という事なんだわ。あの人も愛しているし、別な人も愛しているとしたら、あたしはどうしたら良いかしら❓』

この恐ろしい問題への答えを見出す事が出来ないで、彼女は自分の心に虚しく問いかけるのでした。。

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(解説)

うん。。遂にナターシャもここまで来てしまったか。。という感じですね。

でも、人間の本質は『そんなもの』だと思いますね、何も学ばなければ。

 

こう言っては、私の主観が強いのかも知れませんが、アンドレイ公爵との愛情はね、『所詮表面的なもの』からに過ぎなかったのだと思いますよ。

特にアンドレイ公爵の方からしたら、こんな特に説得力も無い若い女性の内面なんて特に理解はし難かったでしょうしね。

ナターシャの方も、早く其れ相応の所に自分の身を落ち着けさせたかっただけだと思います、その格好の相手がアンドレイだった、というに過ぎないんですよ。

だから、ボルコンスキー老公爵やマリヤの対応に納得が行かなかったのですね。

彼方さん方は、『この田舎のボグチャーロヴォで嫁としてやって行けるかな、この子は❓社交界なんかで遊んでいる場合じゃ無いぞ〜。それに先妻の子もきちんと育て上げてもらわにゃならん。』と思って見ている人達だからね。

ナターシャには、この結婚がそんな過酷な物なのだという覚悟が微塵もありませんもの。

 

だからナターシャは不平不満ばかりで、美しい自分は男性に愛されて当然、という態度になっていたのだと思います。

そんなレベルの貴族の娘は、やっぱりそんなレベルの貴族の男性を自分の領域内に入れてしまうんだろうな。。と思いますね。

アナトーリの軽薄なセリフ、内容の無い愛の言葉。。ナターシャはまんまと落ちてしまいます。

そしてアナトーリの背後にエレンがいつも居るのですよね。。

この人は、この時点で踏み止まって見事アンドレイ公爵の妻になったにせよ、『この人、うちの兄と良い仲だったんですよの』という社交界でのエレンの悪どい笑みが見えて来そうですね。。

何れにしても。。ナターシャはもう、『従来の自分が思い描いていた自分の一生』を棒に振って、これまでの自分の人生を振り返って、自分は一体どうしたら生きて行く価値があるのか。。と問う旅に出る事になるんでしょうね。。