(物語)
ペラゲーヤ・ダニーロヴナ・メリュコーワは微笑しました。
「さあ何でしたっけ、もう忘れてしまいましたよ。。」と、彼女は言いました。
「だって、どなたも行かないでしょう❓」
「いいえ、私行きますわ。ペラゲーヤ・ダニーロヴナ、私を行かせてね、私行きますから。」と、ソーニャが言いました。
「まあね、構いませんよ、怖く無いのなら。」
「ルイザ・イワーノヴナ(=マダム・ショッスの事)、いいわね❓」と、ソーニャは聞きました。
指輪や、綱や、銀貨の遊戯をしていた時も、今、こんな話をしてる時も、ニコライはソーニャの側を離れずに、全く新しい目でソーニャを眺めていました。
彼は今夜初めて、コルクの焦げで描いた髭のおかげで、彼女がすっかりわかったような気がしました。
ソーニャは、確かに今夜は陽気で、快活で、美しく、ニコライはこのようなソーニャをまだ見た事が有りませんでした。
『彼女がこのような娘だったとは、しかし俺は馬鹿だった❗️』
ソーニャのきらきら光る目と、これまで見た事も無い、頬の下の髭にエクボを作っている、幸福と歓喜に満ちた微笑に見とれながら、彼はこう思いました。
「私、ちっとも怖く有りませんわ。」と、ソーニャは言いました。
「今からいいかしら❓」彼女は立ち上がりました。
納屋が何処に有るのか、何処にどのように黙って立って、耳を澄ますか、という事がソーニャに教えられ、毛皮外套が渡されました。
彼女は、それを頭から被って、じっとニコライを見つめました。
『なんて素晴らしい娘だろう❗️それにしても、今まで俺は何を考えていたのだ❗️』と、彼は思いました。
ソーニャは、納屋へ行こうとして廊下へ出ました。
ニコライは、蒸し暑いと言って、急いで正面玄関の方へ出て行きました。
確かに、たくさんの人々の人いきれで、室内は蒸し暑かったのでした。
戸外にはやはり同じじっと動かぬ寒気が垂れ込め、同じ月が、ただ益々明るさを増して、空に掛かっていました。
月の光があまりにも強く、雪の上に星があまりにも多すぎるので、空を見上げたく無い程でしたし、それに本物の星は見えませんでした。
空は暗く、侘しく、地上は生の喜びに溢れていました。
『馬鹿だよ、俺は、馬鹿だ❗️今まで何を待っていたのだ❓』と、ニコライは思いながら、厳寒の階段を駆け下り、家の門を曲がって、裏口へ通じる小道を辿って行きました。
ソーニャがここを通る事を、彼は知っていました。
小道は納屋に通じていました。
納屋の丸木造りの壁や、雪を被った屋根が、月光を浴びて何かの宝石で作られたかのようにきらきら光っていました。
庭で木の枝の折れる音がしました、そしてまたしーんと静まり返りました。
胸は空気ではなく、何か永遠に若い力と幸福とを呼吸しているように思われました。
女中部屋の入り口で階段を踏む音がして、雪を被った最後の一段が音高く軋みました、そして老女中が言いました。
「まっすぐに、まっすぐにいらっしゃるんですよ、ほらその小道をね、お嬢様。ただ辺りを見回しちゃいけませんよ❗️」
「私、怖く有りませんわ。」と、ソーニャの声が答えました。
そして小道伝いに、ニコライの方に向かって、ソーニャの小さな半長靴が雪を軋ませる音が近づいて来ました。
ソーニャは毛皮外套にくるまって歩いて来ました。
彼女は、もう2歩ばかりの所で、初めて彼の姿に気付きました。
彼女が見たニコライも、いつも知っていた、そして少し恐れていたあのニコライではありませんでした。
彼は女の衣装を着けて、髪を垂らし、ソーニャの知らなかった幸福そうな微笑を浮かべていました。
ソーニャは急いで駆け寄りました。
『全く別の娘のようで、やっぱり同じ彼女だ』
月光を一杯に浴びた彼女の顔を見守りながら、ニコライはこう思いました。
彼は、彼女の頭を包んでいる毛皮外套の内へ手を入れて、抱き締め、引き寄せて、焦げたコルクの臭いのする髭の下にほころびている唇に接吻しました。
ソーニャは彼の唇の真ん中に接吻し、毛皮外套の中から小さな両手を出して、彼の頬を挟みました。
『ソーニャ❗️。。ニコラス❗️。。」2人はこれだけしか言えませんでした。
2人は納屋まで走って行きました。そして別々の元の入り口から戻って行きました。。
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(解説)
ソーニャは、ペラゲーヤ・ダニーロヴナ・メリュコーワの言う『納屋の占い』に興味を示し、自分も占って見たい、行って見たいと申し出ます。
この夜のソーニャは、チェルケス人に扮装しており、この扮装のおかげか、いつもと違う本当の自分の気持ちに素直になれています。
いつものロストフ家に気を使って、自分を出さないソーニャとは全く違うソーニャがそこに居ました。
メリュコーワとマダム・ショッスから『納屋へ出かけても良い』と許可を得て、ソーニャは外の納屋に一人で出掛ける事になりますが、その時、ソーニャはニコライに目配せをしています。
ニコライは、ソーニャの意図を瞬時に理解するのですね。
そしてニコライは、いつもと違うソーニャの(積極性かな。。❓)に感動してしまいます。
なんとなれば、二人の愛はロストフ家の中では『禁断の愛』であり、逢引どころか仲良さそうに話すことさえ難しかったのだから。。
それを男性であるニコライからではなく、ソーニャから逢引のチャンスを渡され、ニコライの心は熱くなったのですね。
彼は、「蒸し暑いから。。」と玄関から先回りをしてソーニャが来るのを待ちます。
そして二人は氷のように透き通った冷たい空気の中で熱い接吻を交わすのでした。。
しかし、この夢か現実か見まごう設定での愛の交流は、それが儚いものである事を暗示するようにも見えます。
実際、二人の心の奥底では、『これが最後かもしれない。。』と言う気持ちが有ったでしょう。。
ソーニャは、もし、『最悪の場合でも』間違いなくニコライに愛されていたのだ、と言うこ日のの出来事を一生の支えとして、一人で生きて行く決意をしたのではないか。。と私は思います。
そして、ニコライの方は『彼女を絶対に幸せにしたい』と言う思いと『両親の為にこの愛は断念しなければならないのかもしれない』と言う心の葛藤。。そして抗えない運命を予感していたと思います。