戦争と平和 第2巻・第4部(7−3)ニコライとナターシャ、伯父に別れを告げオトラードノエに帰る。 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

「いやあ、お嬢さん、見事見事❗️後は、お婿さんを選んでやる事だな。」

「もう選んでありますよ。」と、ニコライは笑いながら言いました。

「ほう❓」と、伯父はびっくりして問いかけるようにナターシャを見ました。

ナターシャは幸福そうに微笑みながら、頷いて見せました。

「それも、とっても良いお方❗️」と、彼女は言いました。

 

ところが、こう言った途端に、別の新しい考えと感情が彼女の中に沸きました。

『もう選んでありますよ、と言った時のニコライは笑ったが、あれはどんな意味だったのかしら❓ニコライはこれを喜んでくれているのかしら、それとも❓ボルコンスキーがあたし達のこの喜びを、喜んでもくれまいし、わかってもくれまいとでも、何だかそんな風にニコライは考えている見たい。いいえ、あの方はすっかりわかって下さるはずだわ。ああ、何処に居るのかしら。。』と、ナターシャは思いました、すると、顔が急に真面目になるのでした。

しかし、それもほんのわずかの間でした、『そんな事、考えるなんて申し訳ないわ』と、彼女は自分に言い聞かせました、そして笑顔に戻って、また伯父の側に掛け、もっと何か弾いてくれるように頼むのでした。

 

伯父の歌い方は、農民達のそれと同じで、歌の価値というものは、要するに文句に有るのであって、節というものは、ただ文句をつなぐ為に有るに過ぎないのだ、と頭から素朴に信じ込んでいました。

だからこの無意識の節は、小鳥の歌声によく有るように、伯父の場合も非常に素晴らしいのでした。

ナターシャは、伯父の歌にすっかり感激してしまいました。

彼女は、ギターを弾く事にしようと決め、伯父からギターを借りると、直ぐに歌に合わせて和音を選び始めました。

 

9時過ぎに、ナターシャとペーチャを迎えに馬車が到着しました。

使いの者の話では、老伯爵夫妻は一行の居場所がわからないので、ひどく心配していたとの事でした。

ペーチャは、まるで死体でも運ぶように運び出されて、大型馬車の中に寝かせられました。

ナターシャとニコライは、軽馬車に乗りました。

伯父は、ナターシャを暖かく包んでやって、まるで別人のような優しさで彼女に別れを告げました。

「さようなら、お嬢さん❗️」と、闇の中から伯父の声が叫びました。

それは、ナターシャがこれまでに知っていた声ではなく、『夜来(やらい)の初雪』を歌ったあの声でした。

 

「本当に素晴らしい人ねえ、あの伯父さん❗️」と、馬車が街道に出るとナターシャは言いました。

「うん」と、ニコライも答えました。

雨を含んだ温かい夜でした。

馬の姿は見えませんでした、ただ見えないぬかるみを踏む音だけが聞こえました。

人生の多彩を極めるあらゆる印象を、このように旺盛に捉え、我が物にして行く、この子供のような感じやすい心の中で、何が行われていたのか❓

これらすべてがどのように彼女の心の中にしまい込まれたのか❓

しかし、彼女は非常に幸福でした。

もう家に着く頃になって、彼女は『夜来の初雪』の主題を歌い出しました。

この主題を、彼女は途中でずっと考え続けていて、やっと捉えたのでした。

 

「わかったな❓」と、ニコライは言いました。

「今、何を考えていたの、ニコーレンカ❓」と、ナターシャは聞きました、二人はこうして聴きあうのが好きでした。

「僕かい❓うん、初めは、ルガーイってあの牡犬な、あれが伯父さんに似てると思ったのさ。もしあれが人間だったら、ずっと伯父さんを飼っておくに違いない、たとい走るのが速くなかったとしても、あの体格の為にやはり飼っておくに違いない、そう思ってたのさ。本当に立派な体格だなあ、伯父さんは❗️さて、おまえは何を考えていたんだい❓」

「あたし❓そうね、今こうして馬車に揺られて家に向かっていると思ってるけれど、この暗さだもの、どこへ走っているかわかりやしない、ふいに着いてみたらオトラードノエじゃ無くて魔法の国じゃ無いかしら。。なんて。それからもう一つ考えたわ。。ううん、違うの、これだけだったわ。」

 

「知ってるぞ、きっと彼の事を考えてたな。」と、ニコライは笑いながら言いました。

「違うわ。」と、ナターシャは答えましたが、実際はそれと同時にアンドレイ公爵の事と、彼を伯父も気に入ってくれるだろうと言う事を考えていたのでした。

「ねえ。。」と、彼女はふいに言いました、「あたし、今ほどこんなに幸福で、心の安らかな事は、もうこれから無いと思うわ、あたしそれがわかるの。」

「そら、つまらん嘘をつく、ばかばかしい。。」と、ニコライは言いました。

そしてふと思うのでした、『ナターシャって、なんて素晴らしい娘だろう❗️俺にはこんな良い友達は他に居ないし、これからだって出来ないだろう。どうして嫁になんか行くのだ❓いつまでもこうして馬車に乗っていたい❗️』

『ニコライ兄さんて、何て素敵なんだろう❗️』と、ナターシャも考えるのでした。

 

「あら❗️客間にまだ灯がついているわ。」と、湿っぽいビロードのような闇の中に美しく光っている家の窓灯を指差しながら彼女は言いました。

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(解説)

ニコライとナターシャは、伯父の家でのひと時が本当に楽しかったのですね。

伯父の家の人達もみんな素朴に大地に足をしっかりと着けて生きている、そんな誠実さと優しさを垣間見て安心感を感じてのだと思います。

ロストフ一族は、ごく当たり前に喜びや悲しみを感じ、お金や世間の名声などにも執着せず、情深い一族なのですね。

だから、ナターシャは、ふと婚約者であるアンドレイ公爵は、『こう言う世界』を理解しないのでは無いか。。と不安感を持ってしまうのですね。

そして、その不安感は、兄のニコライも感じていると直感します。

ナターシャは、『ああ。そんな事を考えてしまってアンドレイ公爵に申し訳ないわ』と自分に言って聞かせます。

 

ナターシャは馬車の中で伯父の素晴らしさをしみじみ思い出します。

伯父の事を考えていると、伯父が弾き語ってくれた『夜来の初雪』の主題が理解できるような気がするのでした。

ニコライも、同じく、伯父さんの素晴らしさを反芻しているのですね。

そして、二人の間には、『同じロシアの大地の優しさ』を伯父の家で感じたのだと言う共通認識が生まれます。

その共通認識を持てたと言うことに、お互いの兄妹としての固い絆を感じます。

そして。。ナターシャは、もう、このような感情は、この後感じる事は出来ないだろう。。と漠然とした不安を胸に抱えて自宅のまだ灯っている窓灯を眺めるのでした。。。

そこには、夜中まで子供達の事が心配で眠れない老伯爵夫妻が、まだ起きて彼らの帰りを待っているのでした。。