(物語)
もう初霜が降りる頃は、最初の狩猟の季節でした。
熱狂的な若い狩猟家のロストフの犬達は、もうすっかり猟向きの身体に出来上がっていましたが、足の裏を痛めていたので、3日間犬達を休ませて、9月16日にまず手付かずの狼の巣がある樫の森を皮切りに猟に出発する事に決まりました。
9月14日はこのような状態でした。
この日は、猟の一行は終日家に籠っていました。
刺すようは厳しい寒さでしたが、夕方から天気が崩れ寒気が少し緩んで来ました。
翌9月15日、若いロストフは朝起きぬけにガウンを引っ掛けて窓から覗くと、これ以上は望めない程の猟日和でした。
ニコライは、泥靴の跡の付いている濡れた表階段へ出ました
冬枯れの森と犬の匂いがしました。
黒ブチの腰幅の広い牝犬のミルカが、主人の姿を見ると、起き上がって、尻を立てて一つ後ろへ伸びをし、ウサギみたいにうずくまりました。
と思うと、いきなり飛びかかって彼の鼻や口髭をぺろぺろと舐め出しました。
もう1頭のボルゾイ犬が、花壇の小道から主人を見つけて、背中を丸めて猛烈な勢いで表階段の方へ走って来て、ニコライの足に足をこすり付け始めました。
「お、ほーい❗️」その時、あの真似出来ぬ猟師独特の呼び声が聞こえました、そして建物の角から猟犬係と勢子(せこ)の頭をしているダニーロが出て来ました。
これは白い髪をウクライナ風に上だけ丸く残した皺だらけの猟師で、猟師だけに見られる気概と、他の全てに対する蔑視の表情をしていました。
彼は主人の前に来て、チェルケス帽を取ると、軽蔑したような目でチラと見やりました。
この軽蔑は、主人にとって屈辱では有りませんでした、この全てを軽蔑し、全ての上に傲然と構えているダニーロが、所詮は自分の部下である事を、ニコライは承知していたからでした。
「ダニーロ❗️」と、ニコライはこの猟日和や、犬達や、猟師の様子から見て、あの抑える事の出来ぬ猟の快楽に既に捉えられてしまった事を感じながら、おずおずと言いました。
「何ですかな、若旦那❓」と、しわがれた声が尋ねました、そして2つのきらきら光る黒い目が、黙り込んだ主人をひたい越しにジロリと見上げました。
『何ですかね、もう我慢ができんかね❓』と、2つの目はこう言っている様でした。
「良い日和だな、あ❓追い立てるにも、突っ走るにもな、あ❓」と、ミルカの耳の後ろを掻いてやりながら、ニコライは言いました。
ダニーロは返事をしないで、パチリと目配せをしました。
「夜明けにウヴァールカに様子を見にやったんですがね。オトラードノエの禁猟林に渡った様ですな、あの辺りでほえ声がしたとか。。」(※渡ったというのは、彼らが知っている母狼が子狼達を連れて、オトラードノエの森へ移って来たという意味)
「じゃ、繰り出さにゃいかんな❓」と、ニコライは言いました。
「ウヴァールカと一緒に僕の所へ来てくれ。」
「よろしいでとも❗️」
5分後にダニーロとウヴァールカは、ニコライの広い書斎に来ていました。
ダニーロは、自分の馬か熊のような印象を感じて、戸口の所に突っ立ち、なるべく静かにして動かないで、何とか主人の部屋をぶち壊さないように努め、早く用件を言ってしまって、広々とした所へ、屋根の下から大空の下へ出て行こうと、じりじりしていました。
色々と尋ねる事を聞き終わって、犬どもは大丈夫というダニーロの本音を吐かせると(ダニーロにしても、繰り出したい気持ちは山々でした)、ニコライは馬に鞍を置くように言いつけました。
乳母の大きなショールを肩に包んだナターシャが、せかせかと部屋へ入って来ました。
ペーチャがその後から駆け込んで来ました。
ニコライは、ナターシャとペーチャを連れて猟に行きたくは有りませんでした。
「行くけど、狼狩りだけだよ、おまえは退屈するだろうさ。」
「あら、これがあたしの1番の楽しみだって事くらい知ってるくせに。」と、ナターシャは言いました。
「ずるいわ、自分だけ行くつもりで馬の支度を言いつけておきながら、あたし達には何も言わないなんて。」
「ダメだよ、ママがダメだって言ってたから。」と、ニコライはナターシャの方を向きながら言いました。
「嫌よ、行くわよ、断じて。ダニーロ、あたし達の馬の支度を言いつけて、それからミハイルに、あたしの犬達を引かせて」と、彼女は猟犬係長に言いました。
ダニーロは、うっかりした事を言って令嬢の機嫌を損ねないように気を使いながら、あたふたと部屋を出て行きました。
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(解説)
ま。ここの部分は、深刻なロストフ家の経済状態を延々と綴るというのもアレだから、「息抜き的な」箇所ではないか、とも思います。
遊び人のニコライは、狼狩りにハマっていて猟日和なのを見てうずうずしているのですね。
彼は自分の大好きな趣味に、妹や弟達に邪魔されたくないのですね、きっと。
周囲に気を使いながらなかなか楽しめませんからね。
でも、活発なナターシャは兄の意向にも関わらず、自分もお伴します。
ナターシャに甘い両親は、女性だと言え、彼女にも猟の一式の準備をしてあげているのですね。。
相変わらず、自分の家が経済的に危ないという危機感の無いロストフ兄妹の様子が描かれています。
(追記)
アップ直前に記載しています。
トルストイは、戦争や人生をよく『狩猟』に例えています。
ニコライは、この後、この狩猟感覚を、人生のあらゆる場面で引用し、成長して行きます。
その前ふりとしての狩猟の場面を描いているのかも知れません。