(物語)
ある朝、ピエールは、名前程度しか知らぬアドルフ・ベルグ大佐が、軍服にきちんと身を包み、ポマードでアレクサンドル皇帝風に綺麗に髪を固めてピエールの家を訪ねて来ました。
「私は今、貴方の奥様をお訪ねしたのですが、誠に遺憾ながら私の願いをお聞き届けいただけませんでした。願わくば、伯爵。貴方から嬉しいご返事をお聞かせいただきたいと思いまして。」と、彼は微笑を作りながら言いました。
「どんなご用でしょう。。大佐❓私でお役に立つ事でしたら。」
「私は、近頃新居の方の造作をすっかり終えましてな、伯爵。それで私と家内の知人達の為にささやかな夜会を開きたいと思いまして。お茶と。。それから夜食の集まりにお運びの光栄を賜れば、と奥様と貴方にお願いに上がりましたような訳で。」と、ベルグは言いました。
ところがエレンは、ベルグ某ごときの仲間扱いは、自分にとって侮辱だと考えて、彼の招待を無慈悲にも撥ね付けてしまったと言うのでした。
ベルグは、トランプやその他の良く無い遊びには金を惜しむが、品の良い集まりの為なら喜んで金を使うなど、実に明確に説明したので、ピエールは断ることが出来なくなって、出席を約束しました。
それでベルグは、ゲームの組の都合と、彼に目をかけてくれる長官も来るので、8時10分前きっかりに訪問してほしい。。と、ピエールにお願いしました。
いつもは遅れるのが癖になっているのに、ピエールはその日は8時15分前にベルグの新居に着きました。
ベルグ夫妻は、夜会に必要なものを取り揃えて、もう客を迎える支度が出来ていました。
ベルグは真新しい軍服をきちんと着て、妻の側に座り、常に自分よりも上の人々を知人に持つ事は良い事だし、必要な事だ、それでこそ交際の楽しさと言うものを持てるのだ、と言うような事を妻に説明していました。
ベルグは、自分の人生を年に依ってではなく、陛下から賜った褒賞の数に依って数えていました。
「僕は、連隊長の空席があれば直ぐに回される身だし、それに君の夫になる幸福に恵まれている。こうした全てを僕は何に依って勝ち得たと思う金❓一番大きな理由は、僕に知人を選ぶ目が有った事だよ。」
ベルグはか弱き女性に対する自分の優越を意識して、にっこり微笑し、ちょっと言葉を切って、やはりこの愛らしい妻も、男の価値を作り上げているものなのだ、と思うのでした。
ヴェーラも同様に、善良ではあるが、彼女の考えでは、全ての男達と同じように人生というものを間違って理解している夫に対する自分の優越を意識してにっこり微笑しました。
ベルグは、自分の妻から判断して、全ての婦人をか弱い愚かなものと考えていました。
他方ヴェーラは、自分の夫一人から判断したこの考えをおし広めながら、全ての男が自分だけが正しい分別が有ると思い込んでいるが、その癖何も理解していないで、傲慢で、エゴイストだと考えていました。
ベルグは立ち上がると、彼が高い金で買ってやったレースの肩掛けを皺にしないようにそっと妻を抱いて接吻しました。
「ただ、あまり早く子供を持たぬようにする事だね。」
「そうね。。私は全然欲しいとは思いませんね。社交界の生活が大事ですもの。」と、ヴェーラは答えました。
その時、べズーホフ伯爵の到着が取り次がれました、夫妻はこの来訪の栄をそれぞれ自分のせいにして、満足気に微笑しながら顔を見合わせました。
ベルグは『これが己を保つ力を持つという事だ❗️』と思っていました。
ヴェーラは「お願いですから、私がお客様のお相手をしている時は、邪魔なさらないでね。この様な事は私の方が存じてますので。。」と、ベルグに言うのでした。
ピエールが椅子に座った時、夫妻は直ちに夜会を始め、互いに相手を遮りながら客の相手を務め始めました。
ヴェーラは、自分なりにフランス大使館についての話題がピエールの関心を引くはずだと決めて始めると、ベルグの方は男の話も必要だと、オーストリアの戦争の問題を持ち出し、ついには、自分の考察を述べ始める始末でした。
しかし、夫妻は、夜会というものは何処もこんなものだと満足を持って感じていたのでした。
間も無くベルグの旧友のボリスが到着しました。
ボリスに続いて夫人と大佐の連れが着き、さらに当の上役の将軍、さらにロストフ家の人々が着いて夜会は他のあらゆる夜会と似たものになって来ました。
老人は老人同士、若い者は若い者同士でそれぞれ席に付き、夫人はお茶のテーブルの前に座りました。
そのテーブルの上には、パーニン家の夜会の時に置かれた様な銀の籠にクッキーが盛られ、何もかもが他の何処の夜会ともそっくり同じでした。
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(解説)
特に私が述べるほども無い部分ですが、まず、ベルグ夫妻の新居のお披露目の夜会が開かれるという場面ですね。
ベルグはきっちりとお金の管理をする人ですから、妻の実家から10万ルーブリものお金を受け取ったとはいえ、無駄なことは一切しません。
本来なら、自分よりも立場が上の方をお呼びする場合はやっぱり『食事の会』になるんじゃ無いかな。。と庶民の私は思いますけれどね。
舅のロストフ伯爵(10万ルーブリ工面していますね。)を初めて招くのに『お茶会❓』という感じは否めないですね。。
ベルグというドイツ出身の、貴族でも無い彼の小男ぶりが発揮されていますね。。
彼は、妻のヴェーラも『ロシア貴族出身』という肩書きを持っている事にも惹かれたのですね、きっと。
それに彼女はベルグに負けない現実主義者だったから。。
ヴェーラは、軍隊において出世頭の夫に満足はしています。
そうですね。。下手にプライドが高くて、お金使いが荒いロシア貴族の子弟を婿にしても。。というかヴェーラの周囲にはそんなに適切な人材がいなかったのでしょうね。。貴族系では。
でも、やっぱり平民の夫を小馬鹿にしているのですね。
これからは、自分の社交術を周囲に見せつけて、まあ、エレンみたいな感じになりたいとか思っているんじゃ無いでしょうかね。。
ところで、そのエレンですが、ロシア一の金持ちのべズーホフ伯爵夫人として、ペテルブルグ一の貴婦人に成り上がっています。
その内容は、ピエールに言わせると『お粗末で知性のかけらもない。だってー、周りがそんなレベルだもん♪』であったとしても、社会がそんな水準なら彼女は立派な社交界一の貴婦人であり、彼女自身もその自覚があるのですね。。
だから、よく分からないベルグ大佐の夜会なんて、出席したた自分の価値に傷がつく、とはっきり言って断れるのですね。
ま。この人は、長い人生、そんな自分の地位が傾く場合があるなんて事は夢にも思わないでしょうけれどね。
そうなった場合、相当な逆風が吹くもんだと思いますよ、言われた方の痛みは底知れないのですから。。
で、ベルグは代わりにべズーホフ伯爵(ピエール)の出席をお願いするのですね。
人の良いピエールは、まあ、ロストフ家とは懇意にしているし、その長女の婿殿のお願いとあれば。。と別に気に留めずにOKをするのですね。
そんな大富豪ピエールの魅力がさりげなく描かれている場面でもあると思います。