(物語)
「そら見たまえ」と、ベルグは友人に言いました。
「わかったろう、僕はこうなる事をすっかり綿密に計算したのさ。あらゆる角度からよくよく考えてみて、何らかの理由で具合が良く無いと思ったら、僕は結婚はしないだろうな。ところが今はその反対で、お父さんお母さんの生活は保証されたし、バルチック沿岸の土地から地代が上がるようにしてやったんだよ。それに僕の俸給と、彼女の財産とで、そこに僕の切り盛り上手があれば、ペテルブルグで立派に暮らして行けるしさ。僕はお金の為に結婚するんじゃ無い、そんな事は下劣な事だと思うよ。しかし、妻と夫がそれぞれ自分のものを持ち寄る事は必要だよ。僕には勤務があるし。。彼女には縁故とわずかばかりの財産がある。しかしもっと肝心な事は、彼女が美人で、立派な娘で、僕を愛しているという事さ。。」と、ベルグはにっこり笑って顔を赤くしました。
「僕も彼女を愛しているよ、だって思慮深くて、全くいい性格なんだよ。妹の方は、血を分けた姉妹なのに、まるっきり違って、不愉快な性格で、思慮も浅くて。。嫌な娘さ。。ところが僕のフィアンセは。。まあ、そのうち新居の方に来てくれたまえ。」と、ベルグは言葉を続けました。
彼は、食事に。。と言おうと思いましたが、思い直して「茶を飲みに」と言いました。
ベルグの申し込みによるロストフ老伯爵夫妻には、こういう場合には常の晴れやかな気分と喜びが訪れましたが、喜びは心の底からのものでは無く、表面的なものでした。
みんなが今、ヴェーラをあまり愛さなった事を、そして厄介払いみたいに喜んで出してやろうとしている事を、ここに咎めているようでした。
誰よりも困惑を感じているのは老伯爵でした、その原因は彼の経済事情だったのです。
彼は、自分にどれだけの財産tpどれだけの借金があり、ヴェーラにどれだけのものを持たせてやれるのか、全くわかりませんでした。
娘達が生まれた時、それぞれに持参金として濃度300人の土地を持たせてやる事に決めていましたが、その村の一つはもう手放されていましたし、もう一つの村も担保に入り、もうとっくに期限が切れていたので、これも手放さなければならない状態で、領地を持たせる事は不可能でした。。と言って、お金も無いのでした。
ベルグは婚約してもう1ヶ月を超え、式まであと1週間を残すばかりとなりましたが、老伯爵は持参金の問題を彼と話し合っていませんでした。
老伯爵は、ヴェーラにリャザンの土地を分けてやろうかと考えたり、山林を売ろうかと思ったり、そうかと思うと、手形で金を借りる事も考えてみました。
式を数日後に控えたある朝早く、ベルグは老伯爵の書斎を訪ねて、伯爵令嬢ヴェーラが貰うはずの財産を教えて欲しいと、未来の舅に頼みました。
老伯爵はすっかりうろたえて、ろくに考えもせずに最初に頭に浮かんだ言葉を口にしました。
「君の、その気を遣ってくれる所が、わしは好きなんだよ。うん、満足のいくようにして上げるよ。。」
ところがベルグは、快い微笑を浮かべながら、ヴェーラに与えられる財産をはっきり確かめて、その一部でも前渡しを受けなければ、婚約を解消せざるを得ないでしょう、ときっぱりと言いました。
「だってお考え下さい、伯爵。もし私がここで妻を養う為の具体的な手段を持たずに結婚に踏み切るような事を自分に許したら、それは卑劣な行為と言われても仕方がありません。」
話は結局こういう結末に終わりました、つまり、伯爵は腹の大きい所を見せたかったし、新しい頼みを持ち込まれないように、と。8万ルーブリの手形を渡す事を約束しました。
ベルグはにっこり笑って、それは非常に有り難いが、その他に現金で3万ルーブリを頂かなければ、新生活を立てる事が出来無い、と言いました。
「せめて2万でも、伯爵」と、彼は言い添えました。
「そしたら手形は6万だけで結構です。」
「よしよし、よろしいとも」と、伯爵は早口に言いました。
「ただ悪く思わんで貰いたいかな。。あ。2万は差し上げるが、しかし手形はやはり8万を受け取って貰うよ。よろしいな、君。」
ーーーーー
(解説)
まず、ベルグはロストフ家の2人の姉妹について冷静な分析を見せています。
恐らくね、この物語の主人公の一人がナターシャで、彼女は悲劇のヒロインちっくに描かれていて、そのように思っている読者の方が多いと思いますけれど、彼女はね、ロストフ伯爵夫妻の『血』を濃く受け継いでいるんですよね。
つまり、『だらしがない』のですよ。
自分がよく思われたいから、ソーニャにニコライと一緒になれるとか、デニーソフに愛していると言ってみたり、恐らくね、この人に家事処理能力は一切無いと思いますね。
この時点のナターシャは『そのような目で見るべきで、トルストイもそのように描き出している』と思うのですけれどね、私は。
それをベルグの目を通して冷静に分析しているのですね。
だから31歳にもなったアンドレイがナターシャに恋をしてしまう事について、『女性を見る目が無い、此の期に及んでもなお』というのは、こういう事を言っているのです。
一言付け加えるのなら、アンドレイはリーザを幸せに出来なかった(リーザが悪いとしても)男なのに、そこから何の学びも得なかったのか、と言いたいんですよ。
ヴェーラは現実的で冷ややかに真実を指摘するものだから、ロストフ伯爵夫妻もヴェーラのいう事には『耳が痛い』のですね。
彼らの放蕩ぶりは、恐らくねヴェーラに何度も注意されているはずですね。
そしてね、ロストフ一家が軽蔑しているベルグとヴェーラという極めて世間というものを観察し、そこで泳いで渡る術に長けている人間はね、ロストフ一家のような『夢見る愚かな者たち』に、正論を突きつけて、搾り取るだけ搾り取るんですね。
このベルグ対ロストフ老伯爵の会話は、そのような『戦争』とその『勝敗』を記した部分だと思います。
ベルグは第1巻・第1部(15)の部分で、当時の彼の俸給が4ヶ月で230ルーブリである事が記載されています。
今、出世を考慮しても1年に1000ルーブリくらいでしょう。。
それを8万ルーブリとさらに現金2万ルーブリも請求するのはね、当時の貴族社会においても「❓」という桁だったと思いますね。
そこら辺を、一切突っ込め無いロストフ老伯爵の浅はかさ、それゆえに他の、自分がより愛しているニコライとナターシャの運命が狂ってしまうなんて皮肉なものですね。。