戦争と平和 第2巻・第2部(2−3)ピエール、フリーメーソン老会員の考えに傾いて行く。 | 気ままな日常を綴っています。

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いつか静かに消える時まで。。
一人静かに思いのままに生きたい。。

(物語)

ピエールは、この老いた、厳しい顔を凝視して、音も無く唇を震わせていました。

彼は、確かに忌まわしい無為な自堕落な生活でした、と言おうとしましたが、沈黙を破る気力がありませんでした。

老人は年寄り臭い掠れた咳をして、従僕を呼びました。

「馬はまだか❓」と、彼はピエールの方を見もせずに聞きました。

「替え馬が来ましたけれど。もうしばらく休息なさtては❓」と、従僕は答えました。

「いや、もう良い。馬を付けさせてくれ。」

 

『ではこの老人は、終わりまで話をせずに、俺に援助も約束もせずに、俺を一人残して去ってしまうつもりかな❓』と思って、ピエールは立ち上がり、時折老人の方を見ながら室内を歩き回り始めました。

『確かに俺はそれを考えなかった。そして自堕落な生活をしてきた。しかし俺はそれを好まなかったし望みもしなかったのだ』と、ピエールは考えました。

『でも、この老人は真理を知っている、そしてしようと思えば、俺に真理への道を開いてくれる事が出来るはずだ』と、ピエールはそれを老人に言いたかったのですが、言う事が出来ませんでした。

旅の老人は、身支度を終えると、ピエールの方を向いて何事も無かったように、慇懃な調子で言いました。

「これからどちらへおいでですかな、伯爵❓」

「僕ですか。。僕はペテルブルグへ行くんですが。。」と、ピエールは子供みたいにあやふやな声で言いました。

「いろいろ有り難うございました。僕はすっかり貴方に賛成です。でも、僕をそれ程のばかだと思わないで下さい。貴方の望まれるような人間になりたいと、僕は心から願って来たのですが、助力を誰にも見出せなかったのです。教えて下さい。そしたらきっと、僕は。。」ピエールはその先を言う事が出来ませんでした、彼は目頭がジーンと熱くなって顔を背けました。

 

「救いは、神からのみ与えられるものです。」と、老人は言いました。

「だが、わが教団の権限に神から委ねられている程度の助力は、教団が与えるでしょう、伯爵。ペテルブルグへ行かれたら、これをヴィラルスキイ伯爵にお渡し下さい。一つだけ老婆心から申し上げておきますが、首都(=ペテルブルグ)へお月になったら、しばらくは独居と反省の日を送り、以前の生活にはお戻りにならぬ事です、伯爵。」と、従僕が部屋へ入って来たのを認めると、老人は言いました。

駅長の所にある旅行者名簿から、旅の老人がヨシフ・アレフセーエヴィチ・バズデーエフであった事をピエールは知りました。

バズデーエフは、ノヴィコフ(※1744ー1818 ロシアの啓蒙家。プガチョフの反乱後の反動時代に四海同胞の教えを説き、フリーメーソン団に入る。)の時代からの有名なフリーメーソンの会員で、マルチニスト(※18世紀にフリーメーソンの間に広まった神秘教。マルチネス・パスカリスが創始者。)の一人でした。

 

彼が発ってからピエールは横になるでも無く、馬を頼むでも無く、長い事駅の部屋の中を歩き回りながら、自分の罪深い過去を思い返し、容易に実現しそうに思われる幸福と美徳に満たされた汚れの未来を想像して、更生の感激に浸るのでした。

有徳の人になる事がどれ程素晴らしい事かと言う事を、どうかした弾みに忘れてしまっていた為に、自分は間違いを犯していただけなのだと、彼には思われたのでした。

彼の心の中には、これまでの疑惑は痕跡も残っていませんでした。

彼は、善徳の道で互いに助け合う目的で結びついた人々の兄弟愛の可能を、固く信じていました。

そして、そのようなものとしてフリーメーソンが彼の心の目に映ったのでした。。

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(解説)

ピエールは、フリーメーソンの老会員バズデーエフ(ヨシフ・アレフセーエヴィチ・バズデーエフ)の話から、自分の今までの生活が放蕩に満ちたものであった事を素直に認め、なんとかしてそういう自分を改革したいと願います。

しかし、如何にして。。❓

そんなピエールに、バズデーエフは、ヴィラルスキイ伯爵を紹介します。

ピエールは、バズデーエフに出会えて彼の話を聞いたことによって、明るい未来を想像します。

しかし、そんなに簡単に人の人生が好転するものでもなさそうです。

 

ピエールが、フリーメーソンに入会する経緯を記載した部分ですが、同時にピエールの素直さが随所に散りばめられており、最終的にピエールが人間としての成長を遂げるのに最も必要な資質を有していた事が明らかにされていると思います。

また、バズデーエフは、最初から、「この方なら。。」と言う信頼をピエールに寄せていたからこそ、フリーメーソンの信条について話して聞かせたのだろう。。と思います。

また。。これは自分の経験にもあるのですが、人は迷っている時こそ、信仰に走りやすいので、「そういう状態にある人」を嗅ぎ分けたフリーメイソン のバズデーエフがピエールに近づいて行った。。とも考えらますね。

トルストイはフリーメーソンの活動に肯定的にも見えますので、結社が何かの意図(=金銭目的とか。。)を持ってピエールに近づいたとは考えにくいとは思いますけれど。