第1巻・第3部(19−2)アンドレイ公爵、偉大なる大空の下での人間の欲望の小ささを思う。 | 気ままな日常を綴っています。

気ままな日常を綴っています。

いつか静かに消える時まで。。
一人静かに思いのままに生きたい。。

(物語)

「ここで停止するんだ。今、陛下がお通りになる。これら捕虜の士官諸君をご覧になって陛下はご満悦なさるだろうからな。」

「今日の捕虜の多さときたら、ほとんどロシア軍全部みたいな者だ、陛下はもういうんざりなさっただろうよ。」と、別の士官が言いました。

「でも、これは別さ❗️このお方は、アレクサンドル皇帝の近衛師団長だと言うからな。」と、はじめの士官が、白い近衛騎兵の軍服姿の、負傷しているロシアの士官を指差しながら言いました。

ボルコンスキーは、それがペテルブルグの社交界で何度か会った事があるレープニン公爵である事に気付きました。

その隣に、やはり負傷した19歳くらいの近衛騎兵士官が立っていました。

 

ボナパルトは、速歩で飛ばして来て、一行の前で馬を止めました。

「誰が上官か❓」と、捕虜達を見てナポレオンは言いました。

公爵レープニン大佐の名が挙げられました。

「貴官がアレクサンドル皇帝の近衛騎兵連隊長か❓」と、ナポレオンは聞きました。

「私は騎兵中隊の指揮を取っておりました。」と、レープニンは答えました。

「貴官の連隊は、実に見事な任務を遂行した。」と、ナポレオンは言いました。

「偉大な司令官のお褒めの言葉は、軍人にとって最高の褒賞であります。」と、レープニンは答えました。

「貴官の脇に居るこの青年は何者か❓」

レープニン公爵は、スープテレン中尉と名を伝えました。

 

「その若さで我々との戦いに出て来たとは」と、彼をしげしげと見て、ナポレオンは微笑しながら言いました。

「若さは、勇士たる事を妨げません。」と、スープレンはかすれ声で言いました。

「あっぱれな返事だ、青年士官、君は大物になるぞ❗️」

 

アンドレイ公爵も、捕虜のトロフィーを飾るために皇帝の目につくよう前列に立たされていました。

ナポレオンは、彼を戦場で見た事を思い出したらしく、ボルコンスキーが初めて彼の記憶に映った時の、あの『若者』と言う呼び方を用いました。

「おや、君か、若者❓気分はどうかな❓」と、ナポレオンはアンドレイ公爵に言葉を掛けました。

アンドレイ公爵は、つい5分ほど前はわずか数言ではあるが、口を聞く事が出来たのに、今はナポレオンの顔に目を注いだまま、黙りこくっていました。。

 

今の彼には、彼がしっかり目に収めて、そして理解した、あの高い、正しい、美しい大空に比べたら、ナポレオンの心を占めているあらゆる利害がいかにも虚しいものに思われ、このちっぽけな虚栄心と勝利の喜びに酔っている彼の憧れの英雄自身も、いかにも小さな人間に思われたのでしたーーその為に彼は返事をする事が出来なかったのでした。

それに、血が失われた為の衰弱と、苦痛と、目前の死を待つ心が、彼の内部に目覚めさせられたあの荘厳な思想に比べたら、全てがあまりにも無益で無価値なものに思われるのでした。

ナポレオンの目を見つめながら、アンドレイ公爵は権力の虚しさ、誰もその意義を理解し得なかった人生の虚しさ、そしてさらに生者の誰もその意義を理解も解明もなし得なかった死の大きな虚しさを、考えていました。

 

皇帝は、返事を待たずに馬首を回して立ち去りかけ、指揮官の一人に指示を与えました。「これらの諸君を丁重に扱って、余の本営へお連れせよ。侍医のラリィに傷の手当てをさせよう。。では、またお会いしましょう、レープニン公爵。」と、彼は馬腹を蹴って速歩で遠ざかって行きました。

ナポレオンの顔には、自己満足と幸福の輝きがありました。

 

アンドレイ公爵は、公爵令嬢マリヤが兄の首に掛けてくれた金の聖像の十字架に気がつきました。

『全てが、マリヤが考えているように、あれほど明白で単純だったら、それは素晴らしい事だろう。この世における救いを何処に求め、そしてその後、来世に何を望めるかがわかったら、どれ程素晴らしい事か❗️しかし、俺はそれを誰に言うのだ❓このお守りの中にマリヤによって縫い込められたこの神か❓いや、何も無い。限りなく大切なものの偉大さの他には、確かな物は何も無いのだ❗️』

 

禿山の静かな生活と平和な家庭の幸福が彼の想像に浮かんで来ました。

彼がこの幸福に浸り切ろうとすると、ふいに冷淡な、他人の不幸を喜ぶ目つきをした、小さなナポレオンが現れました。

明け方近くに、全ての夢想がごちゃごちゃに入り乱れて意識不明と忘却の闇と混沌に溶け合うのでした。

ナポレオンの侍医ラリィは「この患者は神経質で、癇が強いから、まず回復の見込みは薄いでしょうな。」と言い、回復よりは死に至る確率の方が高い事を示唆しました。

アンドレイ公爵は、望みのない負傷者達の数に入れられて、土地の医師達の看護に委ねられる事になったのでした。。

ーーーーー

(解説)

前回も申しましたように、私は、この世の男としての成功や名誉に強い執着が有ったアンドレイが、戦争で戦友達があっけなく次々命を落とし、自らも瀕死の重傷を負ったと言う事で「急速な開眼❓」をした、と言う成り行きに多少疑問を抱いています。

唐突すぎるからです。

まあ、このままアンドレイが瀕死を彷徨い、亡くなってしまうのなら、「そう言う結論」もあるでしょうけれど。

 

この部分の是非は置いておいて、とにかく、作者トルストイの「戦争観・人生観」即ち、この偉大なる太陽や大空は、命を育み、喜びを与えるけれども、自分が権力者となって周囲から崇められたところで、その権力を維持しようとすれば自ずと争いが生じ、命が粗末になされるのだ、と言う事をアンドレイを通して強く主張したいのではないか、と思っています。

 

アンドレイは、奇跡的に助かって命を取り戻しますが、果たして禿山でリーザと仲睦まじく過ごすのかな。。と言う気はしますね。

このままアンドレイが世俗的な出世とか名誉を捨て去るとは、考えにくいような気もします。

アウステルリッツの敗戦は彼に打撃を与えたけれど、彼が元気を回復すると、やっぱり「元の彼」が何処かで顔を出すような感じがするんですよね。。

まだ先は読んでいませんけれど。

 

何れにしても、トルストイの強い反戦思想が描かれたこの部分で第1巻は終了します。。