第1巻・第3部(15−2) 前進しないクトゥーゾフに、アレクサンドル皇帝難色を示す。 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

クトゥーゾフは先程と同じ場所に馬を止めて、目を閉じたまま眠そうにあくびをしていました。

部隊はもう停止して、立銃の姿勢で並んでいました。

「よし、ご苦労。」と、クトゥーゾフはアンドレイ公爵を労うと、将軍の方に顔を向けました。

将軍は時計を手に持って、もう左翼の全縦隊が丘を下り切った頃だからそろそろ前進すべきでは無いか、としきりに気にしていました。

「まだ間に合うよ、将軍。」と、クトゥーゾフはあくび混じりに言いました。

 

その時、クトゥーゾフのはるか後方で、各連隊があげる歓迎の叫びが上がりました、そしてその叫び声は延々と連なるロシア軍の線を伝って急速に近づいて来ました。

どうやら歓迎を受ける者が馬を飛ばして来るらしかったのでした。

クトゥーゾフのすぐ前の将兵達が叫び声を上げた時、クトゥーゾフは目を細めてそちらを見やりました。

ブラッツェンから続く路上を、一個中隊ほどの様々な色の派手な軍装の騎手達が進んで来ました。

2人が先頭に並んで馬を速歩で飛ばしていました、一人は黒い軍服に白い羽根のついた軍帽をかぶり、栗毛の英国風の尾を詰めた馬に跨り、もう一人は白い軍服を着て馬に乗っていました。

これは随員を従えた2人の皇帝でした。

クトゥーゾフは、戦線にある百戦練磨の老将らしく気取って、停止している部隊に『気をつけ❗️』と号令を下して、挙手の礼をしながら皇帝の前へ馬を進めました。

彼は、盲従する部下の態度を取りました。

 

この日のアレクサンドル皇帝は、病後で、あのオルミューツ原頭の閲兵の時よりもいくらかやつれが見えました。

しかしその美しい灰色の目には威厳と柔和の魅惑的な融和が有ったし、薄い唇にはあの多彩な表情を生む可能と、気品溢れる無邪気な若さの気取らぬ表情が有りました。

彼は三露里を馬で飛ばして来た為に、いくらか顔が上気していました、そして、馬を止めると、息を休めるように大きく一つ息を吐いて、自分と同じように若い溌剌とした随員達の顔を振り返りました。

いずれもきらびやかな服装の若々しい陽気な随員達が、わずかに汗ばんだ、美しい元気な、よく手入れされた馬にまたがって、賑やかに談笑しながら皇帝の後ろに立っていました。

 

若いフランツ皇帝は、長い顔を真っ赤に上気させて、美しい黒毛の愛馬の上に反り返るほどにきっと胸を張り、不安そうに、緩慢に辺りを見回していました。

彼は、白い軍服の副官の一人を呼んで、何やら尋ねていました。

『きっと、何時に進発したかを聞いているんだろう』と、アンドレイ公爵は、フランツ皇帝を見守り、拝謁した時の事を思い出して、禁じ得ぬ微笑を思わず口辺に漂わせながらこう思ったのでした。

 

この馬を飛ばして来た絢爛たる若武者達から、若さと活力と勝利への確信とが、沈滞したクトゥーゾフ司令部に吹き込まれました。

「どうして行動を起こさないのかね、ミハイル・イラリオーノヴィチ(=クトゥーゾフ)❓」と、アレクサンドル皇帝はクトゥーゾフに尋ねました。

「機会を待っておるのです、陛下。」と、クトゥーゾフは恭しく上体そ前傾させながら答えました。

皇帝はわずかに眉をひそめて、聞き取れなかったらしく、耳を突き出しました。

「待っているのでございます、陛下。」と、クトゥーゾフは重ねて言いました。(クトゥーゾフがこの『待っているのでございます。』と言った時、皇帝の上唇が不自然に引きつったのに、アンドレイ公爵は気づきました。)

「全縦隊がまだ集合しておりません、陛下。」

皇帝は聞き取りました。

しかし、クトゥーゾフの返答は、皇帝の気に染まなかったのでした。。

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(解説)

ちょっと状況把握がなかなか難しいのですが、クトゥーゾフ司令部は、ナポレオンが最も重要な要地としてロシア軍から奪いたいブラッツェン高地を守っているのですね。

で、クトゥーゾフの連隊は、ブラッツェン高地を今離れるのは、その重要地を守るのに手薄になるので、(おそらく右翼からの)援軍を待っている所なのだろう。。と推測します。

 

しかし、同僚の将軍もアレクサンドル皇帝も、「ワイローテルの計画書によれば」敵はこの辺りには「いる筈もない」のだから、さっさと進軍して敵を攻撃しなさい、と直々クトゥーゾフに命令するのですね。

アレクサンドル皇帝は、ワイローテルの作戦の筋書きしか「お手本」は無いからですね。

しかし、百戦錬磨のクトゥーゾフにしてみれば、今、この要地を大軍で離れてしまうのは、敵に格好の隙を与えるものだ、と考えているわけですね。。多分。