第1巻・第3部(2−3) エレンに愛の言葉を言えないピエール。 | 気ままな日常を綴っています。

気ままな日常を綴っています。

いつか静かに消える時まで。。
一人静かに思いのままに生きたい。。

(物語)

「何時です、君が受け取ったのは❓オルミューツ(=アンドレイ公爵の自宅)から❓」ワシーリィ公爵はしつこく尋ねました。彼には議論の解決の為に、これを知る事が必要らしかったのでした。

『しかし、よくもまあこんな下らん事をしゃべったり考えたりしていられるものだ❗️』と、ピエールは思うのでした。

「ええ、オルミューツから。」と、彼は溜息混じりに答えました。

 

晩餐会の席からピエールは、他の客達の後に続いて自分のパートナーを客間に導きました。

客達は散り始めて、ある人々はエレンに別れの挨拶をしないで帰って行きました。

彼女の重大な仕事(※ピエールからの求婚を受ける❓)を中断させたくないらしく、ある客達はちょっと彼女の前に歩み寄ると、見送りを断りながら急いで離れて行きました。

外交官は、暗い顔で黙りこくったまま客間から出て行きました。

ピエールの幸福と比べて、自分の外交官としての出世の虚しさを、彼はまざまざと見せつけられたのでした。

老将軍は、足の容態を尋ねられると、夫人に腹立たしげになにやら呟きました。『まったく。。ばかな婆あだ』と、彼は思いました。

『このエレーナ・ワシリーエヴナなら、50になってもこの美しさを失わないだろうに。。』

 

「どうやら、貴女にお祝いを申し上げてもよろしいようね。」と、アンナ・パヴローヴナは公爵夫人に囁きました。

公爵夫人は何も答えませんでした。

彼女は、自分の娘の幸福を妬ましく思う気持ちに苦しめられていたのでした。

 

客達を送り出している間、ピエールはずっとエレンと二人きりで小さな客間に座っていました。

彼は、この一ヶ月半の間しばしばエレンと二人きりで居た事がありましたが、一度も「愛」という問題を彼女と語った事がありませんでした。

彼は、今こそそれが必要な事と感じていましたが、どうしてもこの最後の一歩を思い切って踏み出す事が出来ないのでした。

彼は恥ずかしかったのでした。

彼は、今、このエレンの側で、誰か他の者の位置を横取りしているような気がしていたのでした。

『この幸福は、お前の為のものではない』と、ある内部の声が彼に言っていました。

『この幸福は、お前にあるものを持っていない者の為のものだ』

しかし、何か言わねばならないのでした。

 

ワシーリィ公爵が、気だるそうな足取りでピエールの方へ近づいて来ました。

ピエールは立ち上がって、もう遅いから。。と言いました。

ワシーリィ公爵は、その言葉はあまりに不謹慎で、聞く耳を持たぬと言わんばかりに、詰問するような目できびしくピエールを見ました。

「ふむ、どうかな❓レーリャ❓」と、彼は自然な口調で娘に言いました。

このような口調は、小さい頃から子供を可愛がっている世の親達にひとりでに身に付くものでしたが、ワシーリィ公爵は他の親達を模倣して、頭の中で考えて作り上げているものでした。

そして、彼はまたピエールに顔を向けました。

ワシーリィ公爵は、ふいに何やら険しい声で言い捨てると、ぷいと出て行きました。

ワシーリィ公爵が錯乱したかとさえ、ピエールは思いました。

この社交界の老紳士の取り乱した様子は、激しくピエールの胸を突いたのでした。

彼はエレンの顔を見ましたーーーすると、彼女も狼狽えたらしく、その目はこう語っていました。

『何よ、貴方が悪いのじゃありませんか』と。

ーーーーー

(解説)

もう。。ピエールほぼ落城ですね。

でも、ピエールはここまで来るまでに逃げ場は有ったと思いますね。

ワシーリィ公爵の助けが彼の仕事上必要で有ったにせよ、ピエールの方が力はあるのですから、別に結婚と仕事とは切り離す事も可能だったでしょう。。

もう。。これは「彼の意思」と判断されても仕方が無いですね。

 

それから。。蛇足ですが、この部分でワシーリィ公爵家の家族関係というのが少し見え隠れしていますね。

エレンの母親の公爵夫人がエレンの幸せを妬むとか、ワシーリィ公爵が父親としてエレンをそんなに心底可愛がっていない風な記載が見られますね。

公爵家の3人の子供達(イッポリト、アナトーリ、エレン)は、経済的には派手で豊かに育っているようですが、親から「お金を生み出す物」のように扱われていたのかもしれませんね。

アナトーリも前回に少し出て来ましたが、資産家のボルコンスキー老公爵の令嬢・マリヤと結婚させようとワシーリィ公爵から計画されていますしね。

また、ワシーリィ公爵家は派手好みですから、家の資産状態はあまり良くないのかもしれませんね。

そしてワシーリィ公爵は有力者に取り入って甘い汁を吸って来たような人物ですね。

この生き方を子供達が見ていない訳は無くて、親のしている事に批判があるとか無かったら、子供達は父親の価値観、則ち、愛情よりもお金とか権力が大事なのだ、どんな手段を使っても。。という思考に走ると思われますね。

 

エレンの母親の公爵夫人が、エレンの幸せ(おそらくピエールのような「誠実で」お金持ちの男性の妻になる。)を妬むとすれば、それは自分の結婚生活が愛に満たされていなかった。。という事かもしれませんね。

そういう経験を現代に生きる娘達も結構経験しているんじゃないか、と思いますけれどね。

 

父親とか母親の理想像を描く事よりも、こういう「事実があるのだ」という指摘をトルストイがするのは、私はなんと無く理解出来るような気がしますね。