(物語)
パヴログラード連隊の騎兵達に馴染深い、肩をいからせたジェルコフの姿が連隊長を探して馬を飛ばして来ました。
ジェルコフは、オーストリアのマック将軍達を侮辱した件で総司令部を追放され、パヴログラード連隊に送られて来た男でしたが、報酬が身の危険に合わないと、まんまとパグラチオン公爵の伝令将校の勤務にありついたのでした。
「連隊長殿❗️軽騎兵は引き返して、橋を焼け、との命令です。」
ジェルコフに続いて、幕僚将校が同じ命令を持って軽騎兵連隊の元へ駆け付けて来ました。
その後から、太ったネスウイッキイを乗せた馬が、苦しそうに息を吐きながら疾走して来ました。
「どうしたのです、連隊長。私は、橋を焼く様に貴方に言ったはずです。誰かが誤り伝えたのでしょうかね❓」
連隊長はゆっくり連隊を止めて、ネスウイッキイの方へ向き直りました。
「貴方は火薬の事は私に言いましたよ。しかし、点火せよとは一言も言いませんでしたな。。」
「だって。。きみ。。火薬を仕掛けろと言っておいて、橋を焼けと言わない訳が無いじゃないか❓」と、ネスウイッキイは言いました。
「私は貴方に『きみ』呼ばわりされる理由なんて有りませんな、司令部付将校どの。貴方は、橋に火をかけろとは私に言わなかった❗️私は軍務と言うものを心得ておるし、命令を厳に実行するのが私の習慣です。貴方は橋を焼くと言ったが、誰が焼くのか、誓って言いますが、私は聞いておりません。」
「連隊長どの」と、幕僚将校が遮りました。
「急がなければなりません。さもないと、敵は榴弾砲撃の準備を完了してしまいますぞ。」
連隊長は無言のまま幕僚将校と、太った司令部付将校と、ジェルコフを見て顔をしかめました。
「わしが橋を焼き払いましょう、」と、彼は厳粛な口調で言いました。
そして連隊長は、デニーソフ中隊長の指揮下にロストフが勤務している第二騎兵中隊の前に立ち、橋へ引き返すことを命じました。
『そら、やっぱりそうだ』と、ロストフは考えました。『連隊長は、おれを試すつもりなのだ❗️』『おれが臆病者かどうか、見るがいい』と、彼は思いました。
だが、連隊長はチラともロストフの顔へ目をやらないで、前線に在る時の常で、厳粛に顔を引き締めていました。
号令が響き渡りました。
「早く❗️ぐずぐずするな❗️」ロストフの周りでいくつかの声が叫んでいました。
ロストフにはもう、連隊長を見る余裕など有りませんでした。
「担架❗️」と誰かの声が背後で叫びました。
担架の要求が何を意味するのか、ロストフは考えも出来ませんでした。
彼はただ先頭に出ようと、そればかり考えながら夢中で走りました。
「橋の両側に分かれろ、大尉。」と叫ぶ声がロストフの耳に聞こえました。
ロストフは遠くに行くほど良い様な気がして、さらに走り続けようとしました。
ところが、ボグダーヌイチ(=連隊長)は、それがロストフと見分けた訳ではなかったのだが、その後ろ姿に「誰だ、橋の真ん中を渡っているのは❓左側に寄らんか❗️士官候補生、戻れ❗️」と、怒った様に叫びたてると、デニーソフを振り向きました。
デニーソフは勇気の程を誇示しながら、橋へ馬を乗り入れていました。
「なぜ、危険を冒すか、大尉❗️馬を降りた方が良い。」と、連隊長は言いました。
「なに❗️弾丸に当たるのは悪いやつさ。」と、橋の上から振り向きながらワシカ・デニーソフは答えるのでした。
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(解説)
まず、パヴログラード軽騎兵連隊に、総司令部から「橋を焼け」との命令が下るのですね。
軽騎兵連隊長ボグダーヌイチは、命令を正確に遂行することが使命と考えている人物です。
「火薬の点検」をネスウイッキイからは聞いていましたが、「橋を焼く」と言う命令を受けなかったとキッパリ言います。
これは、戦争という緊急事態の中での彼に信念を伺わせるフレーズです。
そうですね。「橋を焼く」という行為は非常に危険なものです。
橋を焼き落とせば、敵はその橋を渡って追って来る事が出来なくなりますが、橋を焼くという行為の途中で我が軍にダメージが生じる危険性も高いのです。
だから、その危険性の高い任務を、正義感だけで突っ走って部下達に危険を冒させるという行為は愚かな事、と考えている事になります。
しかし、実際にはパヴログラード軽騎兵連隊に「橋を焼け」との命令は下っていた訳です。
そこで連隊長は「適任者」を考えるのですね。。
やっぱり白羽の矢が立てられるのは「デニーソフ大尉」でしょう。。
彼は、前の回でも述べました様に、非常に勇敢で正義感と愛国心に優れた武将です。
彼こそ、この危険な任務を命を物ともせずに遂行してくれるだろう。。という期待が持てます。
「そこを」連隊長はきちんと見極めているのですね。
デニーソフ大尉の下には士官候補生ロストフが居ます。
彼は、連隊長は、自分の勇気を試している、と勘違いしていますが、いよいよ本当の意味での「ニコライ・ロストフの初陣」となる訳ですね。今後の彼の成長を期待したいものです。