山荘では、大君の御忌みに籠っている人が多いので、心細さも少しは紛れるけれど、中の君は、匂宮の事で人の手前も恥ずかしく、まるで死んだ人のように見えるのよ。
匂宮からも御弔問のお使いがしきりにお遣わしになられるのよ。
でも中の君は、大君が匂宮を酷いお方とお恨みしたまま、その事で悩み抜かれてお亡くなりになってしまわれたのだ、と思っていたので、何という匂宮とのご縁だろう。。と思っていたのよ。
薫の君は、世の中がいかにも辛いものと思われるので、かねてからの出家の本意を遂げたいと思うけれど、三条の母尼宮がどんなにお悲しみになるだろう、また、中の君の今のお気の毒な御境涯にもお心が痛まれ、思うように果たせないのよ。
薫の君は「大君がおっしゃったように、中の君を大君の形見として、中の君にこんな辛い御苦労をおさせになるよりは、大君を失った悲しみを慰め合う為にも、いっそお互いに愛し合って一緒になれば良かったのに。。」などとお思いになるのよ。
こうして薫の君は、京にもお帰りにならず、ふっつりと人との交際も絶って宇治に籠っていらっしゃるのよ。
それを見た世間の人々も、薫の君が大君を並々ならず愛していらっしゃったのだと聞き伝えて、帝を始め、方々からの御弔問で多いのだったのよ。
こうしてはかなく日は過ぎて行くわ。。
七日七日毎の御法事なども、薫の君はたいそう荘厳におさせになるのよ。
でも大君とはご夫婦では無かったので、喪服はお召しになれないのね。
女房達は、そんな薫の君の御様子を見るにつけ「薫の君までが、せっかくこんなにお馴染みになったのに、もうこれっきりでよそのお方になってしまわれ、お目にかかれなくなるのは、何とも勿体無くて残念ですわね」と、皆鳴くのよ。
雪が辺りを暗くして降りしきる日、薫の君は、終日物思いに沈んでいらっしゃったのよ。
世間では、殺風景なものと言われている12月の月が、雲ひとつない空に冴えかえって懸かっているのを、簾を巻き上げて御覧になるわ。
四方の山々を鏡のように映している川の汀の水に、月の光がキラキラとさして、何とも言えぬ美しさなのよ。
今日の邸では、どんなに美しく磨き立てたところで、とてもこうした風情は無いだろう。。とお思いになるのよ。
もし、万が一、大君が一瞬でも生き返られたら、二人してこの景色を眺めながら親しくお話し出来ようものを、と思うのね。
まだ夜が深く、外にはゆきの降りしきる気配がいかにも寒そうな中、大勢の人々のお声がガヤガヤと聞こえて、馬の嗎や蹄の音が聞こえて来るのよ。
一体、誰がこんな夜中に雪を掻き分けてやって来たのか、と忌み籠りの勤行の僧たちも驚くわ。
そこへ、匂宮が、身をやつしてびっしょり濡れそぼって入っていらっしゃったのよ。
御忌み明には、まだ日数が残っていたけれど、匂宮は気がかりで待ちきれなくなって、夜通し雪に難渋なさりながら訪ねていらっしゃったのよ。
中の君は、これまでの日々の恨みも辛さも忘れてしまいそうなのだけど、お逢いになる気持ちも起きないのよ。
大君が、匂宮の不実をお恨みになり、心配をかけたまま亡くなられた事が悲しくて、宮を許せなかったのね。。
それでも、女房達の誰もかれもが口を揃えて、男女の仲の様々な道を話して、御対面になるよう説得するので、しぶしぶ襖を隔ててお会いになるのよ。
匂宮が襖越しに、日頃のご無沙汰を言葉を尽くして懸命にお詫びになるのを、中の君はしみじみお聞きになるのよ。
でも中の君も、まるで正体が無いようにぼうっとして居られて、大君の後を追って亡くなられるのではないか。。と思われる程弱々しい御様子なのよ。
匂宮は、それが痛々しくて心配でたまらず、悲しむのね。
その日は、後はどうなろうと構わない、という御決意で、匂宮はお泊まりになったわ。
薫の君は、しっかりした女房をお呼び出しになり「中の君がお責めになるのもごもっともですが、あまりに可愛げを失わない程度にお咎めなさるよう、匂宮は、こういう手厳しいお扱いの御経験がお有りでないので、さぞ辛くお思いになるでしょう。。」と、密かに助言なさるのよ。
夜になると、風の音がひときわ激しく吹き付け、全ては御自分の心のせいだとは言え、ここまで来てお逢いも出来ない事をつくづく嘆きながら、匂宮は一人お寝みになるわ。
中の君は、さすがにお気の毒になり、昨夜のように、物を隔ててお話になるわ。
匂宮は、末長く愛し続ける事をお約束なさるけれど、中の君は、どうしてこうもお口上手でいらっしゃるのだろう。。と思うのね。
この夜も結局、匂宮は、女房達の手前もきまりが悪くて、嘆きながら夜を明かしておしまいになるのよ。
でも、一方では、中の君が、自分のこれまでの態度に、どんなに辛い思いをなさったことか、と身にしみて思うのね。
中の君は、相変わらずつれない態度をなさるけれど、匂宮は今夜もここに泊まっては、帝や中宮のお耳に入り、不都合な事になるだろう、とお気を揉まれて、今日は京にお帰りになったわ。。
年の暮れになると、宇治では天候が荒れない日は無く、雪が降り積もっているのよ。。
京の匂宮からも、法要の読経の僧のお布施などが送られて来るわ。
薫の君も、新しい年を迎えるに当たって、京に引き上げる事にするわ。
宇治では、薫の君がお帰りになれば、人の訪れもすっかり無くなるだろう。。と悲しく思うのよ。
その後匂宮からは「やはり、宇治へ訪れることは、大そう難しいので、思案の果てに、近く中の君を京へお迎えする事などを考え出しました」と宇治へお便りがあったのよ。
実は、明石の中宮が、宇治の中の君の事をお耳になさって「薫の君さえ、あそこまで熱心にお入れ込みになる宇治の姫君達は、並々の魅力がおありなのだろう」とお察しになられ、思いつめている匂宮を不憫に思われ、二条の院の西の対を準備なさたのよ。
匂宮は「中宮は、中の君を、女一宮の女房という形にして迎えようというお考えなのだろうか」と、お疑いになりながらも、そうなればなったで、いつでもお逢い出来る事が嬉しくて、そのように宇治にお手紙をおやりになったのよ。
今日はここまでです。
いつも長文で失礼しております。
次回は「早蕨」①です。
今日も良い一日をお過ごしくださいね❣️
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(追記①)
大君の物忌みには、多くの人が籠っていますが、中の君は匂宮の事で人の手前も恥ずかしいと思っています。
しかし、匂宮は、弔問のお使いをしきりに宇治に遣わします。
中の君は、大君は匂宮が来訪しない事に心痛して亡くなったものと思っているので、匂宮のこのようなご配慮をどのように解釈したら良いものか。。と悩んでいます。
一方薫は、大君の死が辛く、出家したいと思いますが、三条の母尼宮や中の君の事が心配で出家は果たせません。
しかも、大君を失った今、大君を亡くした悲しみを慰め合う為に、いっそ中の君と愛し合えば良かった。。。などと思っています。
薫は、京にも帰らず、人々との交際も絶って宇治に籠り続けます。
それを見た世間の(京の)人々は、薫がそれ程愛していた大君が並々ならぬお方で有った。。と次々と弔問に訪れます。
7日毎の法要も、薫が取り仕切りますが、薫と大君とは夫婦で無かったので喪服を着る事も出来ません。
12月の雪の夜の事です。
雪を掻き分けて、匂宮が身をやつしてびっしょり濡れそぼって、宇治の山荘にやって来ます。
御物忌み明けには未だ日数が残っていましたが、匂宮は気がかりで待ちきれなくて夜道を雪に難渋しながら訪ねてきたのでした。
中の君は、女心としては匂宮に会いたかったのでしょうが、大君が亡くなったのは匂宮の不実のせい、と匂宮を許せないで居ます。
匂宮は、襖越しにご無沙汰を深く詫びます。
そして、中の君がぼうっとしているので、大君の後を追って亡くなられるのではないか。。と気が気でなく、その日は「後がどうなろうと構わない」と宇治に泊まります。
薫も、女房を通して「匂宮をあまりお責めにならないように。。」と中の君に助言します。
匂宮は、自分のせいだとは言え、宇治まで来て中の君にお逢い出来ない事を嘆き、一人寝をします。
流石に中の君も、匂宮のご様子に心を動かされ、物越しにお話になります。
そして中の君は、やはり、匂宮の優しさを自分なりに理解するのでした。。
翌日匂宮は、帝や中宮の手前仕方無く京に帰ります。
しかし年明けて匂宮は「京へお迎えします」とお便りを寄越します。
実は、中宮が薫の大君への入れ込み様をご覧になって、匂宮が夢中になっている中の君も並並ならぬお方なのかも知れないだろう。。。と、二条の院の西の対に中の君のお部屋を準備なさったのでした。。
(追記②)
大君の死後、ようやく匂宮はやっとの思いで宇治に訪れます。
しかし、中の君は、大君の死は、匂宮の中の君に対する冷たい仕打ちが直接的な原因と思っています。
匂宮にしてみれば、身分上自由に出歩けない、しかも、政治的な婚礼が取りまとめられそうになっている。。などなど致し方ない事情があったのですね。
それを理解して欲しいとは思うものの、やはり中の君の辛い思いというものを彼なりに理解している優しさが見えますね。
そして、薫の君は、大君亡き後、悲しみに紛れながらも宇治にとどまり、法要などをきちんと済ませてあげます。
そんな薫の君の姿は、京でも評判になり、中宮も「薫の君のような男性でさえ、虜になる宇治の姫君達とは。。❓」とちょっと足を止めて考えるのですね。
そして、中の君を「それなりに丁重に扱う」という名目で二条の院の西の対に住居を用意してあげるのですね。
それから薫についてですが、大君亡き後、大君を失くした悲しみを中の君と分かち合えば良かった、中の君をいっそ愛していれば良かったなどと中途半端な事を考えていますね。
自分の策略で、匂宮と中の君を娶せたのに、何か理解出来ない思考です。
しかも、この時の薫の気持ちは、中の君はあくまでも「大君の身代わり」としてしか考えていないのですね。
匂宮は、好色で誠実さが薄いと大君は思っていた様ですが、果たして薫は誠実と言えるのか❓少し疑問に思います。
