それで薫の君は、匂宮へのお返事は、お二人のうちどちらからお出しになるのか、と尋ねるのよ。
大君は「雪深い山路の架け橋を、あなたの他に誰が踏み越えはるばる訪れて下さるでしょうか。私の手紙は、貴方以外に決して送りはしないように」と書いて、御簾の外にお出しになったわ。
薫の君は「張り詰めた氷の上を馬が踏み砕いて行く山川、匂宮の道案内をしながらまず私が渡りましょう。貴方と契れるならば」と、今まで浅からぬ思いでお訪ねしていた甲斐があるのです、と申し上げるわ。
大君は、思わぬ話の成り行きに気分を害されて、これといった返事をなさらないのよ。
でも薫の君は、今時の若い女達のような、色っぽい素振りなどは無く、難の無い穏やかなお人柄なのだろう。。と推し量られるのよ。
その雰囲気なども、かねてから描いていた女の理想そのものだったのね。
何かにつけて、胸の思いを伝えようと仄めかされるけれど、大君はそ知らぬ顔ばかりして、相手にされないのね。
薫の君は、気後れがしてしまって、亡き八の宮の思い出話などをしていると、お伴の者が「日がすっかり暮れてしまいましたら、雪で空も見えず難渋いたしましょう」とお帰りを促すのよ。
薫の君は帰り際「こちらのお邸は、どうもおいたわしいので、京の静かな所にある山家がありますが、もしそちらにお移りするお気持ちがあれば、どんなに嬉しいでしょう」などとおしゃるのよ。
それを小耳に挟んで、嬉しがっている女房達がいるのを、中の君は、何とみっともない、どうしてそんな事が出来ようかとお思いになるのよ。
八の宮のお居間だった所を開けさせて(薫の君が)お入りになりますと、塵がたいそう積もって供花のお飾りも以前のままに、仏像だけが安置されているのよ。
八の宮が勤行されていた台などは、すっかり取り除けられていて、片付けてあったのよ。
薫の君は「いずれ私も出家した暁には」と、仏道の師と頼み、ここで修行するお約束をした事を思い出されて和歌を詠むのよ。
「私の出家の暁には、師と頼むつもりだった方は、おかくれになり、椎の木の山荘のお部屋は空しくなってしまったものです」と。
新しい年になったわ。
空の景色もうららかになり、汀の氷が溶けてゆく様子を姫君達はご覧になって、溶けもせず生きている自分達が不思議なもののように思われ、悲しみに沈んでいらっしゃるのよ。
薫の君からも匂宮からも、折々を捉えてマメにお手紙が届いて居たわ。
桜の花盛りの頃、匂宮は、姫君を懐かしく訪ねたくお思いになられるのよ。
「去年の春は、物詣のついでにはるかに見た山荘の桜を、今年こそお訪ねして近々と眺めて手折り挿頭のにしたいもの」と、遠慮の無い気持ちを書いてお贈りになるのよ。
姫君達は、呆れたとんでもない事をおっしゃると思いながらも、お見事なお手紙の表面の心情だけでも無にしては悪いとお思いになります。
中の君から「喪に服し、墨染色の霞が立ち込めたこの家を、何処と間違え桜を折りに訪ねたいとおっしゃるのでしょう」とお返事なさるのよ。
匂宮は、心の底から恨めしいと悩むのよ。
胸の思いの苦しさを、薫の君だけにあれこれと打ち明けるのね。
薫の君は、内心おかしがって、いっぱし姫君の後見人らしい自信たっぷりの大きな顔で応答するのよ。
匂宮の浮気っぽいお気持ちを見抜いたりすた時は「そんなことではとてもとても」とおっしゃるのよ。
匂宮は「私の浮気は、本当に気に入った相手がまだ見つからない間だけの事ですよ」と弁解なさるわ。
夕霧の右大臣は、かねてから六の君を匂宮へ、と考えておいでだったけれど、匂宮御自身が一向に六の君に興味をお示しにならず「六の君とは従兄妹同士で近過ぎてあまり気が進まない上に、父君の右大臣がうるさいお方だから、ほんのちょっとした浮気にまでいちいち咎め立てされそうなのがかなわない」と、蔭ではおっしゃって抵抗なさっているのよ。
その年、薫の君の御本邸、三条の宮邸が焼失して、女三の尼宮も六条の院にお移りになり、薫の君の御身辺は多忙を極めていたのよ。
それで宇治の姫君達を長い間お訪ねしなかったのね。
でも、薫の君は、他の男達と全然違うので、至ってのんびり構えていて、きっと大君は自分の妻になる人だと信じ込み、大君のお心が自分の恋を受け入れるお気持ちにならない限りは、砕けた態度で無体な事はしないでおこう。。と思っているのよ。
ただ、亡き方の御約束をいつまでも忘れない自分の心の深さを、大君に十分にわかっていただきたい、と思っていらっしゃるのね。
その年は、例年よりも厳しい暑さだったのよ。
宇治川のほとりは涼しいだろう。。と薫の君は急に宇治をお訪ねになったのよ。
宇治に着く頃は、照りつける日差しも眩しくて、八の宮のお居間だった西の廂の間に、宿直の侍をお呼び出しになって休んでいらっしゃるのよ。
たまたまその西側の母屋の仏間に姫君達がいらっしゃったのだけれど、あまりに近過ぎては、と遠慮なさり、御自分達のお部屋にお移りになるのよ。
その立ち振る舞いは、そっと忍びやかになさるのだけれど、動かれる気配が近々と聞こえてくるのよ。
薫の君は我慢が出来ずに、襖の小さな穴からお覗きになるのよ。
まずお一人、姫君が出て来られたわ。
背丈は実にすらりと高く、姿格好の美しい姫君なのよ。
黒髪は袿の裾に少し足りない位の長さで一筋の乱れもなく、つやつやと多すぎる位なのよ。
横顔など可愛らしく、肌の色つやも美しく、ふんわりとおっとりした感じは、いつかちらりと拝見した明石の中宮がお生みになった女一宮を彷彿とさせるのよ。
そしてもう一人のお方は、用心深そうでいかにも気を許していない態度で慎ましく見え、頭の格好や髪のかかり具合いは、先のお方よりもう少し高貴に見えるのよ。
立ち振る舞いは気品高く、奥ゆかしい感じがして魅力的だったのね。。
紫色の紙に書いたお経を片手になさった手つきは、もうお一方よりもはるかにほっそりとして華奢な御様子だったのね。。
今日はここまでです。
いつも長文にお付き合いしていただきまして有難うございます♪
次回は「総角」①です。
今日も穏やかなお時間をお過ごしくださいね💕
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(追記①)最初に書いた追記です。
薫の君は、大君が「私は貴方以外の方の誰にお手紙を送りましょうか。。」という和歌を見て、とうとう気持ちを抑えられなくなるのですね。
それで、それとなく大君に恋心を仄めかすのです。
折しも、京では自宅が焼失し、その後始末に終われ、なかなか宇治にいけない薫ですが、大君には自分しか居ないだろう。。とほぼ「運命的な宿縁」を感じているのですね。
だから薫はそんなに急いでは宇治に行かなくても、自分の気持ちにも大君の気持ちにも「密かな自信」が有ったのだと思います。
しかし、実際はどうなのでしょうね。。
やはり、大君が嫌がっている(ように見えるだけかも知れませんね)のなら、敢えてしつこくしなくても。。とおっとり構えてしまいます。
どうも薫という人は、女心が分かっていない、女の立場が分かっていない、ましてや大君はもう26歳で女の盛りも過ぎようとしています。
薫にとって、大君の魅力は決して「若さ」ではないけれども、大君にしてみれば、それも心が痛んだ部分でしょう。。
薫がいつまでも行動しない状況が続くと、大君はかなり苦しむ事になるかも知れませんね。
薫は、結局、大君に拒否されるのが自分のプライドが傷つきそうで嫌だったのではないか、という疑惑さえ湧いてしまいます、読者としましては、ですが。
で、薫は、宇治にようやく出向いて、姫君の気配を感じるとどうしても「お姿を拝見したい。。」という気持ちが募ってくるのです。
これは当然の心の動きですね。
薫は、もちろんこの世を儚んで居ますし、この世の無常も理解して居ます。
だから、経典を十分に理解して悟りを極めたい。。という気持ちはあるのですが、生前の八の宮が「娘婿に。。」と密かに願っていた事も分かっていますし、事実後見を頼まれているのですね。。
だから、薫は、自分の恋心は、神仏もお許しくださるだろう。。否、祝福してくださるだろう。。という気持ちの緩み❓が生じてきたと思うのです。
ましてや、相手はあの徳の高い八の宮の姫君ですし。。
で、ついに大君のお姿を拝見した薫は、おそらく。。。という所でしょうか。。
(追記②)アップ直前に書いた追記です。
薫は、大君への恋心を自認しても、特に色めいた気配は見せません。
今の所、大君は警戒心と信頼心の間を揺れ動いているといった所でしょうか。。
しかし、高貴な姫宮としての生き方という事を父・八の宮から諭され、父の期待❓に答えるのが自分の生き方であろう。。と思っているのだと思います。
この硬い決意を打ち砕くには、今後の薫の誠意と行動に次第と思いますが、こうも雲をつかむ様な様子(一方では禁句の「出家」を仄めかしたり。。)ではどうなのでしょうか。。❓
これに対して、匂宮は対照的です。
頻繁にお便りを出しますし、返事が無くても押しが強いです。
「宇治の桜の花を手折りたい。。」などと大胆な手紙を寄越します。
その手紙の有様の風流さには感動はしますが、中の君は「差し障りないお返事」で返しています。
一方、匂宮は夕霧の右大臣家の六の君(惟光の娘が生んだ娘で、夕霧の北の方女二宮が養母になっている女性)との縁談の話がありますが、匂宮の様な性格の男性は「決められた結婚」に後ろ向きで、むしろ、こちらを振り向いてくれない八の宮の姫君に夢中なのです。
この辺りの男性心理の描写も興味深いものがあります。
