夕霧の大将は、あの亡くなった衛門の督が思い余って仄めかした「源氏との行き違い」がどういう経緯なのか。。良く解らないでいたわ。
しかも源氏が、女三宮の、それ程深いご病状でも無かったのに、あっさり御出家なさったのも腑に落ちないのよ。
二条の院の紫の上が、あれほどの危篤状態の最中に出家をお願いしても、それを「とんでもない」と拒否したのは他ならぬ源氏だったから。。。
さらに夕霧はこう思うのよ。
そう言えば、柏木の衛門の督は、女三宮に対する恋心を素振りに仄めかしていたし、やや情に溺れやすい面も有ったし、道に外れた恋の悩み故に命を落としてしまったのだろうか。。それは自分(=柏木)にとっても相手の方(=女三宮)に対してもお気の毒な事では無いか。。と。
でも、夕霧は、一人心の中で考えるも、北の方の雲居の雁の君にもその感慨をお漏らしになる事も無かったのよ。
夕霧は、その後、適当な機会もなかなか無いのだけれど、亡き衛門の督がこんな事を仄めかしていました。。と、いつか源氏のお顔色を伺って見たいと思うのよ。
衛門の督の父・大臣と母・北の方は、身も世も無く嘆き悲しんでいらっしゃるので、御法事のお支度はすぐ下の弟君の左代弁の君をはじめ弟君達や御姉妹の方々がそれぞれ準備をするわ。
一条の女二宮は、なおさらの事お悲しみも深く、ご臨終にもお目にかかれないままで日数が過ぎるにつれて、広い御殿のうちは人の気配も少なく、心細そうにひっそりして居るわ。
そんなある日の昼ごろ、前駆の人々の先払いの声も賑やかに門の前に車を止めた人が居たわ。
それは夕霧の大将だったのよ。
女房達がお相手申し上げるのは失礼な程堂々とした御立派な御様子なので、母君の御息所がお逢いになるわ。
夕霧は、柏木の遺言によって「私が生き残っております間は、気のつく限りのお世話をさせていただいて、浅くは無い私の心をお目に掛けたいと思います」とお伝えするのよ。
母・御息所としては、夕霧のお見舞いに感謝の意を示すのよ。
そして、生前それ程女二宮に愛情があるようには見えなかったけれど、臨終の際に誰彼にこちらの宮の事をお頼み下さった御遺言を嬉しく思うのよ。
夕霧は、この女二宮が人一倍御愁傷でいらっしゃる心の内を、畏れながら本当にお気の毒だと思うのよ。
そして、いつもよりゆっくりとお話ししてからお帰りになったわ。。
若い女房達は、喪中の悲しさも少しは紛れる気持ちで夕霧の大将をお見送りするのよ。
夕霧の大将は、お庭先の桜がたいそう美しく咲いているのをご覧になって「春さえ来れば、片枝が枯れてしまったこの桜の木も去年と変わらず、今年も美しい色に咲き匂う」と和歌を詠むわ。
御息所は早速に「今年の春はあの方に死に別れ、柳の芽に露の玉を貫くように涙に暮れています。咲いては散ってゆく花の行方も知らないで。。」と答えるわ。
この御息所は、深い風情があるという程でも無いけれども、当世風で才気のあるお方と評判されていた更衣だったのよ。
(柏木と楓)
夕霧は、前の大臣(柏木の父)のところに帰りにそのまま立ち寄ったのよ。
夕霧の大将は、一条の女二宮をお見舞いに上がった時の様子をお話するのよ。
大臣は、いつもの気丈で凛とした快活で得意げな御態度の名残もなく、みすぼらしく見えるのよ。
そして「貴方の母君の葵の上がお亡くなりになった秋は、この世にこんな悲しい事があったのか、と思われたものでした。が、女というものは付き合いにも限度があり、悲しみも人目から隠せました。
しかし衛門の督は、その死に驚き残念がる人々もそれぞれの方面に少なくは無いようです。しかし、私としては本人の人柄だけがたまらなく悲しいのです」と、空を仰いで物思いに沈むのよ。
49日の御法要も終えた頃、あの一条の宮にも、夕霧の大将はいつものようにお見舞いにお訪ねになるのよ。
今日は縁側にお座りになるので、敷物を差し出すのよ。
女房達は、いつものように御息所に応待をお願いするけれど、このところ御気分がすぐれないから。。と女房が代わりに何かとお相手をして時間を繋いで居る間、夕霧は、柏木と楓が他の木より目立って若々しい葉を見せて枝を差し交わして居るのをご覧になり「あの柏木と楓のように馴れ睦んだ亡き人と私、どうせなら故人のお許しを得たとして貴女とお親しくなりたくて。。」と詠むわ。
女二宮は、今、お相手をして居る少将の君という女房を取り次がせて「柏木に宿るという木の神のような亡き人は居なくとも、みだりに人を馴れ馴れしく近づけて良いこの宿の梢でしょうか。。突然の出来心のようにおっしゃられるようですね」と申し上げるわ。
そこで御息所がにじり出てらっしゃったので、夕霧は女二宮のご様子などをお尋ねするのよ。
そして夕霧は、女二宮に対して噂に聞いて居たよりも奥ゆかしいお方で、しかも、皇女の身でありながら御降嫁をなさり、その上夫にも先立たれた事をおいたわしく思うのね。
女というもの見目かたちによって、女を飽いたり嫌いになったり、道ならぬ恋に心惑わせて良いはずは無い、ただ、女は気立ての良いのが結局最も大切だろう。。と考えるのよ。
「今はどうか、私を亡きお方と同様にお考え下さってお付き合いください」と情を込めて何となく意味ありげに言うのよ。
この無常の世の中で、あの柏木の衛門の督の死は身分の上下に拘らず全ての人に惜しまれ残念がられるわ。
源氏も、心の中ではこの若君を衛門の督の形見と思っているのだけれど、他の人は思いもよらない事なので、何の張り合いも無いと思うのよ。
秋頃になると、この若君はハイハイなどをする位に成長するわ。。
今日はここまでです。
いつも長文でお時間を取らせてすみません。
次回は「横笛」①です。
今日も良い一日をお過ごしくださいね❣️
ーーーーーーーーーーーーー
(追記)
かつて若い頃、夕霧は野分の日に垣間見た美しすぎる紫の上に憧れる少年でしたが、年を重ねてからの女性観の変遷に「成長」が見られる思いです。
結局、どんなに美しくても人柄があまりよろしく無い女性はなかなか大変だし、美しい方だからと言って道ならぬ恋に惑わされるのも愚かな事だろう。。という「大人としての」青年夕霧の女性観が見て取れます。
この部分では、夕霧と、夫を若くして亡くした女二宮の新たなドラマの前触れを匂わせています。
また、源氏はが柏木と女三宮との間の若君を「柏木の形見」と思って慈しむ姿は、「涙を流して憐れみ慈しむ仏の姿」を見る思いです。
