源氏物語「玉鬘」② 玉鬘の姫君、上洛する。 | 気ままな日常を綴っています。

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いつか静かに消える時まで。。
一人静かに思いのままに生きたい。。

しかし、上洛したとはいえ、豊後の介や乳母の一行は、何とか確保していた九条の宿で憂鬱な世の中をままならぬもの、と暮らして行くうちにやがて秋になったわ。。

頼りの豊後の介は何の目処も立たず、都に住み着く術もない乳母は嘆くわ。

豊後の介は「私は気ままな身の上ですから、姫君の御身代わりとなって何処へ消えても誰が咎めるでしょうか。。私が田舎で羽振りが良くなっても姫君をあの様な所に捨てて置く様ではどんな気持ちでしょう。。」と乳母を慰めるのよ。

 

そして、神仏にすがる事こそきっと姫君を幸運にお導き下さるだろう。。と筑紫でもよくお詣りしていた松浦、筥崎と同系の石清水八幡宮に参詣し、続いてご利益の高いと言う初瀬の観音(長谷寺・奈良県)に参詣する事にしたわ。

さらにご利益を高める為、一行は徒歩で初瀬まで行くのよ。

姫君はその道中で難渋し、足を痛めどうにかこうにか椿市(奈良県桜井市)で宿を取り休息したわ。

 

その宿には、何と偶然にもあの右近が宿泊して居たのよ。

六条の院の中途半端な御奉公にだんだん居心地が悪くなって行く自分の身の上が心細くなってこの初瀬のお寺に度々参詣していたのよ。

 

右近は、隣り合わせになったこの一行の中の、幕の中に食事を持って行く男の顔に見覚えがある気がしたのよ。

そして、男が「三条、姫君がお呼びですよ」と、呼ばれた女が夕顔の下働きをして居た女だと気づくわ。

右近は、三条を呼び寄せてお互いの無事を喜ぶわ。

ようやく一行と確認し合えた右近は、乳母の身の上話を聞くわ。

右近は、夕顔がとうに亡くなったとは今更言いにくかったのだけれど、本当の事を打ち明けるわ。。

右近と一行とは、お互いに共の者が不審がるので、宿からそれぞれ参詣に出かけるのよ。

右近は、そーっと一行を気をつけて見て、姫君らしいお姿を拝見して心を痛めるわ。。

少し足慣れた右近は、一行よりも早く観音様の御堂に到着するわ。

右近は、遅れて来た一行に声を掛け、姫君を奥の自分の場所に移して上げたのよ。

そして心の中で「この姫君をどうにかしてお探ししようとずっと観音様にお祈り申し上げて来たけれどようやくお逢いする事が出来た。この上に源氏の君がかねがね姫君の行方をお尋ねしたいと強くお望みだから、お知らせ致そう」などとお祈りしていたのよ。

 

筑紫からの一行は、三日間参籠しよう。。と心掛けているわ。

右近は、姫君としっかりお話したいと思って、自分も三日間参籠する事にしたわ。

夜が明けて、皆で右近の知り合いの僧の宿坊に下がるわ。

右近は「こちらの姫君は、私が拝見致します所の一番の御器量の紫の上に比べても少しも劣っておられません」と申し上げて喜ぶわ。

乳母も「こんなに美しい御器量なのに、すんでの事で辺境の片田舎にご生涯を埋もれさせる事になりそうになったのです。それが勿体なく家や竃を打ち捨て、頼りになる息子・娘たちとも生き別れて来たのです。どうか、姫君の事を父君の内大臣にお伝え下さい」と右近に言うわ。

右近は、源氏と夕顔の過去の事情を説明し「あの方は(夕顔の代わりに)忘れ形見の姫君をお世話したい、自分は子供が少なくて淋しいからとおっしゃっておられます」と説明するわ。

 

右近が、宿坊の前を流れる初瀬川をお題として姫君に和歌を詠むと、姫君は非の打ち所もない情緒で返歌を詠むわ。

それを見て右近は、これまでの乳母の丹精に心から感謝するのよ。

 

今日はここまでです。

ありがとうございました♪

次回も「玉鬘」③です。

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(追記)

本当に、玉鬘の乳母とその長男の豊後の介の忠誠心には、心が熱くなりました。

乳母と豊後の介は、玉鬘が二十歳になってしまって地方のあまり品が良くない有力者と結婚しそうになって(次男・三男に手引きされたら一巻の終わりだと)、「火事場の馬鹿力」を発揮して何もかも捨てて持てる財力の限りを尽くして姫君を上洛のこぎつけた。。という感じが致します。

しかも、「自分たちが犠牲を払った」とか「後で内大臣になんとか自分達の事を考えて頂こう」とかの計算もしていません。

九州から京都までの旅が当時は「命懸け」だった事を思えば、やはり、姫君をこのまま田舎に埋もれさせたら神仏の怒りを買うだろう。。という畏れが強かったのだ、と私は思います。