源氏物語「蓬生」① 末摘花の窮状。 | 気ままな日常を綴っています。

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源氏、28〜29歳の頃の話。

 

源氏が都を離れて須磨の浦で辛い日々を送って居た間、源氏のお情けを被ったもののあまり愛されないので世間には愛人の一人とも知られないまま生活に困窮する女性も多かったのよ。

常陸の宮のあの末摘花もその一人だったわ。

父宮が亡くなられた後は、他にお世話をする方も無く心細い暮らし向きであったものの、思いも寄らず源氏が通い始めずっとお世話をして居たので人並み以上に過ごせて居たのよ。

もっとも源氏にしてみれば、わずかなご援助と思って居ただろうけれど、姫君の方は身に余る思いで感謝して居たのよ。

 

そのうちに須磨配流の騒ぎが起きて源氏自身も悩み多く、源氏のささやかな援助を受けているに過ぎない女君の事まで頭が回らなかったのね。

源氏は決して冷たい男では無かったのだけれど、そういう気の毒な暮らしむきがイマイチ理解できなかったから「些細な援助など有っても無くても。。」という所だったと思われるわ。

 

で、末摘花も、源氏が須磨に行った後もしばらくは源氏の援助の名残でなんとか過ごして居たわ。

でも、月日が経つにつれて生活は苦しくなって行くわ。。

昔から支えて居た女房達は、なまじ源氏のご加護が有ったものだから以前にも増して辛抱できない、と嘆いているわ。。

そうして女房達は、次から次へと方々に散って行き中には死ぬ者もあり、だんだんお邸も寂しくなってゆくわ。

庭は荒れて狐の棲み家となり、フクロウが不気味に鳴いているわ。。

 

女房達も「(お金のある)受領の中には、こちらのお邸の木立が気に入ってお手放しになるようにと伺っておりますが。。」と姫君に申し上げるも、両親の思い出がある屋敷は売れないと、泣くばかりよ。

お道具類も、父君が名の通った名人達に作らせた由緒ある物だけに、姫君は軽々しい身分の物の家の飾りにする事は故父君のご遺志に背くと、一切許さないわ。

 

末摘花を訪ねる人は誰一人居なかったけれど、ただ兄宮の禅師の君だけが稀に京に出た時にお顔を出すわ。

でも、この宮は高僧ではあるものの、浮世離れした聖なものだから、彼女の窮状は「修行」とでも思っている節があるのか全く無頓着で何の助けにもならないわ。。

 

このように、庭は荒れ放題、召使用の建物も荒れ果てて居たものの、姫君の住む寝殿内だけは昔の飾り付けがなされ品格あるお住まいで暮らしては居たわ。

(5月の薔薇のハウステンボス。運河の土手に咲き誇る薔薇)

末摘花の乳母の娘の侍従は長年お暇をいただこうともせずにお仕えをして居たのだけれども暮らしが立ちかねて居たわ。

彼女は、末摘花の母君の姉妹が今は受領の妻に落ちぶれて居たのだけれど、他所よりも気心がしているとこの姫君の叔母の所でも世話になっていたのよ。

この叔母の夫が太宰府の大弐になったので、(大弐の甥と深い仲になっていたので侍従は密かに)任国の筑紫(福岡県)に一緒に行くことにしていたのよ。

 

この叔母は、亡き姉君に自分が受領の妻に落ちぶれたのを見下げられていたと邪推し、何とか(見返す為に)末摘花を自分の娘達の召使いにしてやりたい、と画策していたのよ。

叔母は、末摘花の零落ぶりをあざ笑うかのように誘惑して任国へ同伴させようとするけれども、末摘花は首を縦には振らないわ。。。

 

今日はここまでです。

長い時間ありがとうございました。

次回は「蓬生」②です。

 

今日も良い一日をお過ごしくださいね❣️

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(補足)

要するに、末摘花は生活に困窮し、女房達が次々とお暇をいただいて出て行ってしまってわびしくなる状況を「女房達には申し訳ない」と思いつつ、自分がこの屋敷から出てしまえば源氏が訪ねようにも訪ねられなくなってしまう。。という懸念が強かったのだと思います。

宮家の出身というプライドは父宮から叩き込まれており、あえて自分から自分の窮状を源氏に訴えるという事もしません。

おそらくや、彼女の中には「もし、運が悪ければ自分はこの屋敷の中で餓死してもそれが父宮のご遺志に沿うものであろう。。」という「宮家出身の者としての覚悟」を強く有していたものと思われます。

末摘花は、故父宮から「人の見分け方」というものをしっかり身につけさせられています(文中から察するに。)。これが姫君がイマイチ他者との交流をしにくくしている点ではあります。

しかし、彼女は、源氏の責任感、側室達への細やかな愛情を忘れないお方であると「きちんと」見分けています。この源氏の人間性を鋭く見極めていたからこその「この邸にとどまっておかねばならない」と判断していたのだと私は推定します。

 

また、末摘花は長年仕えて去ってゆく女房達には、(おそらく)父宮の形見分けをきちんとしていたと推定されます。

次回では、侍従が末摘花をとうとう見捨てて九州に行ってしまいますが、彼女には自分の抜けた長い黒髪を鬘に造ったものを差し上げています。

彼女の黒髪は源氏も褒めるほどの見事な物で、本当ならば彼女自身が年老いた時に自分の御髪を美しく見せる為の、女性としては「命と同じくらい」大事な物だったと思います。

それを長年仕えていたとはいえ、自分を見捨てて行く侍従にお渡しになるのです。

この経緯から見ても、末摘花は決して世間知らずではなく、それなりの人物であった事がうかがわれます。