この帖は、源氏18歳の秋から19歳の秋までの出来事を記したものよ。
10月10日余りに朱雀院(おそらく桐壺帝の父で先帝。50歳の長寿のお祝いと記されてるが70歳くらいではないか、と思う。年齢が合わないので。)の行幸が予定されて居たのよ。
今回の催しは、格別で見応えがあるのに後宮のお妃様方は見物できないの。
桐壺帝は、懐妊中の藤壺の宮に見せて上げたいと舞楽のリハーサルを宮中で行うことにするわ。
紅葉の映える前庭で、源氏は頭の中将と青海波を舞うわ。
源氏の足拍子や表情は、落日の陽光を浴びて美しく輝いているのよ。しかもその歌声は、極楽の鳥の声さながらだわ。。
帝は、感激の余り涙を流すのよ。
ただ、弘徽殿の女御だけは「不気味な美しさだこと。。」と嫌味を言うわ。それを聞いたお供の女房は、なんと嫌な事を言うのだろう。。と思うけれど。
藤壺は、源氏とのあの夜の秘密がなければ素直に素晴らしいと眺められただろうに。。と浮かない気分なのね。
まだ若い源氏は、周囲の目も構わずに藤壺に手紙を渡すわ。昨日の舞は、貴女の事を想いながら舞ったのです。。とね。
藤壺は、自分の心の奥の本当の気持ちを隠すことができずにお返事をしてしまうのよ。
源氏は、返事がもらえたことに有頂天になるわ。
朱雀院への行幸は、源氏の活躍も有って成功を納めるわ。
そしてその夜、源氏は正三位、一緒に青海波を同じく見事に舞った頭の中将は正四位下に昇進するわ。弘徽殿の女御は、源氏の昇進に妬みを覚えたと思うのよ。
(青海波;せいがいは は、広い海の恩恵を感じさせる柄。無限に広がる波の文様に未来永劫へと続く幸せの願いと、人々の平安な暮らしへの願いが込められた縁起の良い柄。雅楽の青海波は、波に見立てた装束を着て二人で舞うことが特徴。)
やがて藤壺の宮は、出産の為、お里邸に退出するわ。
源氏は、もしかしたら逢うことができるかも。。と胸を踊らせるのよ。
でも、あまりに源氏が藤壺の宮に逢う算段ばかり考えているものだから、つい左大臣邸に立ち寄る事ができなかったの。それで、何かと左大臣邸側からうるさく言われるのよ。
「二条の院には女君をお迎えになったそうだ」と、人が告げ口をするものだから正妻の葵の上も「その人を正夫人にするのではないか。。」と邪推するわ。
葵の上は、高貴な方々のただ一人の姫君として大事にかしずかれていたので、源氏のつれない態度が許せなかったのね。
でも、その気位の高さが却って源氏を遠ざけてしまうのよ。
片や父君の左大臣は、いまいましくも思いながら源氏のお世話をすることに生き甲斐を感じているのね。
一方、二条の院の若紫は、お正月にようやく10歳を迎えるわ。
相変わらずお人形遊びに夢中になってるわ。。
乳母の少納言は、姫君が源氏に引き取られた事は仏のご加護だと喜ぶ一方、姫君が成長した暁には苦労するだろう。。と将来に一抹の不安を抱くわ。。
少納言は、若紫にそっと「源氏様はあなたの婿君なのだから奥方らしくならなければ」とお教えするわ。。姫君は、やっと源氏を「父」としてではなく「夫」として見ることになるわ。。
彼女の心の中に重大な変化が現れたと思われる瞬間ね。
この瞬間から、彼女は源氏の行動に苦しむことになるのよ。。気の毒だけど、彼女がそれを乗り越えて源氏に添い遂げる経緯は見ものだと思うわ。
お里に退出した藤壺は、参上した源氏に対して、御簾越しに応対するもののそれ以上の対応は拒否するわ。
王命婦も藤壺の気持ちを汲んで手引きは控えるわ。。
そこへ兵部卿の宮(藤壺の兄、若紫の父)が訪ねて来るけれども源氏は若紫の事は何もお伝えしないわ。ただただ兵部卿の宮が直接藤壺と話が出来るのが羨ましく感じただけだったのよ。
年賀のご挨拶に源氏が藤壺を訪れても、藤壺は直接は会おうとしないわ。
藤壺は、すごすごと三条の宮を後にする源氏を目で追いながら、一層深くため息をつくのよ。。
※この記事は令和4年11月30日に原稿を作ったものですが、今、考えてみると青海波(押し寄せる波、引いて行く波を源氏と頭の中将が演じていることから)を踊らせているのは、栄華と衰退、諸行無常的な意味を暗示しているような感じもしています。今から「須磨」を読むのですが、桐壺院が無くなって源氏はかつての勢いを失って行く様が描かれているのを読んでいてそんな感じもしております。
(令和5年1月1日記。)
今日はここまでです。
次回は「紅葉賀」②藤壺 不義の子を出産する。です。
よろしくお願いいたします。
では、今日も良い一日をお過ごしください。
