(物語)
アンドレイ公爵は、自分が死ぬ事を知っていたばかりか、死にかけており、もう半分死んでいる事を、感じていました。
彼は地上の一切のものからの隔絶と、実存の喜ばしい奇妙な軽さとの意識を味わっていました。
彼は、急ぎもせず、心を乱しもせずに、彼の前に現れるものを待っていました。
これまでの生涯の間、絶えずその存在を感じて来た、あの恐ろしい、永遠の、不可知の、遠いものが、今は彼にとって近いものとなり、彼が覚えていた実存の奇妙な軽さの為に、ほとんど理解出来る様な、感じ取れる様なものになっていました。。
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以前には、彼は最期を恐れていました。
彼は、死の、最期の、その恐ろしい恐怖感を、これまでに2度経験しましたが、今はもうそれが理解出来ませんでした。
最初に彼がその恐怖感を経験したのは、榴弾が独楽の様に彼の前でくるくる回り、畑の刈種や、藪や、空を眺めて、目の前に死が有る事を知った、あの時でした。
負傷後、意識を取り戻し、彼の心の中に、一瞬、縛り付けられていた生活の漆黒(しっこく: 自由を強く束縛するもの)から解き放たれたように、この世に関わりの無い、永遠の、自由な愛の、この花が開いた時、彼はもう死を恐れませんでしたし、死を考えもしませんでした。
負傷後の彼が閉ざされていた、苦しい孤独と半ば悪夢のような状態の中で、彼の前に開示された新しい永遠の愛の原理に、深く思いをいたすにつれて、彼は益々地上の生活から離れて行きました。
絶えず、万人を愛し、常に愛の為に自分を犠牲にする事は、結局は誰をも愛さぬ事であり、この地上の生活を生きぬ事でした。
そしてこの愛の原理に徹して行くにつれて、彼は益々生活から隔絶し、我々に(真の)愛が無い時に、生と死の間に立ち塞がるあの恐ろしい障壁を、益々綺麗に除去して行きました。
この始めの時期に、自分が死なねばならぬ事を感じだすと、彼は自分にこう言い聞かせたものでした、『それがどうしたと言うのだ、その方が尚良いじゃ無いか。』
ところが、半ば夢心地の彼の前に、彼が会う事を望んでいた女性が現れ、そして彼がその手に唇を当てながら、静かな嬉し涙を流した、あのムイチーシチの夜から、1人の女性に対する愛がいつともなく彼の心に忍び込み、そしてまた彼を生に結びつけたのでした。
そして不安な考えが、また彼を訪れるようになりました。
包帯所でクラーギンを見たあの時の事を思い出しながら、彼はもうあの時の境地に戻ることが出来ず、今は、彼は生きているだろうか❓という疑問に苦しめられるのでした。
しかし、彼はそれを聞いてみる勇気は有りませんでした。
病気は進行を続けていましたが、『それが起こった』という言葉でナターシャが表現した事が、公爵令嬢マリヤの到着の2日前に彼の身に起こったのでした、それは、死が勝利を収めた、生と死の間の最後の精神的な闘いでした。
それは、ナターシャへの愛という形で彼の前に現れた『生』を、彼が未だ大切に思っていた事の、思いがけぬ意識であり、そして不可知なものに対する恐怖の最後の空しいあがきでした。
それは夕暮れの事でした。
彼は、食事の後にいつも襲われる、軽く熱に浮かされたような状態に落ちていて、頭の中は極度に冴えていました。
彼はうとうとしかけていました。。ふいに幸福の触感が彼を捉えました。
『あっ、彼女が来たのだな❓』と、ふっと彼は思いました。
確かに、今までソーニャが座っていた場所に、たった今音も無く入って来たばかりのナターシャが座っていました。
彼女が彼の看病をするようになってから、彼はいつも彼女が近くに居る事の、この生理的な触感を覚えていました。
彼女はろうそくの光が彼に当たらぬように、横向きに肘掛け椅子に座って、靴下を編んでいました。(アンドレイ公爵がある時、老乳母ほど病人の看病がうまい者は無いが、彼女らは靴下を編んでいて、この靴下を編んでいる姿には何か心を安めてくれるものがあるのだ、と彼女に語った事が有りましたが、それ以後彼女は靴下編みを覚えたのでした。)
トロイツカヤの修道院で2人が過去の話を話し合った時、彼は、もし生き残る事が出来たら、再び彼女に会わせてくれたこの負傷に対して神に感謝するだろう、と彼女に言いました。
しかし、その時から2人は未来の話をしませんでした。
『それは有り得る事だろうか❓それとも有り得ぬ事か❓』と、彼は今、彼女を見て、編み棒の触れ合う軽い金属的な音を聞きながら考えていました。
『一体。。運命がこれ程不思議に俺と彼女を会わせたのは、俺に虚偽の中に生きさせる為だけなのか❓俺は、この世の何よりも彼女を愛している。だが、彼女を愛しているなら、俺はそもそも何をすべきなのか❓』と、彼は自分に言いました、その途端に、苦しみの為に思わず呻くのでした。。
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(解説)
ここは、結構重要な部分かもしれません。
ピエールが最初にフリーメーソン会員のヨシフ・アレクセーエヴィチに駅で言われた言葉『死を恐れるな』と言う事はどう言う意味か❓を、アンドレイの死の床で、アンドレイ自身にモノローグさせている。。と言う部分ですね。
これは、最初は『ピエール自身のテーマ』のように書かれていましたが、ピエール自身のモノローグ、ピエールが出会った『死を恐れない、死を受け入れるのを平然としている兵士達』『カラターエフの、不運も去るもすべて神の思し召し、と言う安定感』そして、今回アンドレイ公爵自身にも、そのテーマを語らせているのです。
『死を恐れるな』は、この物語全体に渡るトルストイ先生の大きなテーマである事が、ここで明らかにされています。
アンドレイ公爵は、最初の登場では、皆に崇められたい『英雄』になるのを夢見て戦闘に参加する若者でした。
そして、妻リーザの死を経てしばらく領地に引っ込んだものの、ナターシャとの出会いで『生きる、それも生き生きとこの世で』と言う事に目覚め、ペテルブルグに5年ぶりに出て来て、自らの勉強の成果と頭脳で中央に返り咲こうとします。
しかし、そこは策略と利害が渦巻く世界で、誰よりも努力をして知識を積み上げて来た自分の仕事は見向きもされません。
そこへナターシャの裏切り。。。許さなかった自分。。。自分の中に醜い憎しみの感情が渦巻き、彼は恋敵のアナトーリ を求めて再び戦場へ戻ります。
アンドレイ公爵は、死の淵に立って、これらの現世での自分の姿が次々と頭に浮かんで来たのだと思います。
そして『ああ。。もうあの苦しみからやっと逃れられるのだ』と言う境地に達した、と言う事ではないか、と思います。
『絶えず、万人を愛し、常に愛の為に自分を犠牲にする事は、結局は誰をも愛さぬ事であり、この地上の生活を生きぬ事』と言うフレーズは、常に他人から見られる自分を意識し、万人に愛されようとし、その為に本当の自分を押し殺して生きる事は、結局、自己愛の欠如、そして自分を愛せない自分が、他者及び地上の全てを愛せないのだ、と言う真理を説明している部分だと思います。
さらに、現世で自分の地位と富を築いたとしたら、現世に執着が生じてしまい、死を恐れてしまう。。これでは『真理』に到達できないではないか。。と言う事を、「(真の)愛が無い時に、生と死の間に立ち塞がるあの恐ろしい障壁」と言うフレーズで説明されているように思います。
しかし、この境地にアンドレイ公爵が差し掛かった時に、彼はナターシャと再会します。
そして、彼は自分の中に、ナターシャへの愛と言う形で『生』が目覚めるのを感じます。
しかし、公爵令嬢マリヤが到着する2日前、アンドレイが枕元のナターシャを感じ平和な気持ちになっている時、突然『それ=死』の前兆が現れるのでした。。
(追記)
最初は神から最も遠い存在として描かれたアンドレイ公爵に、『死を恐れるな』という境地とはどう言ったものか。。という点について具体的に述べさせている点が象徴的だと思います。
この物語では、『死を恐れるな』とはどういうことかの説明について、バズデーエフもピエールもカラターエフも、信仰心の厚い公爵令嬢マリヤも一切具体的な説明をしていません。
トルストイは、神に最も遠い存在だったはずのアンドレイ公爵に、いみじくも説明させているのですね。
神に最も遠い存在であったアンドレイ公爵だからこそ、『死を恐れるな』の境地を説得的に語っているように思います。







