牡蠣のぺペロンオイル漬け

 

牡蠣200g(売ってる一袋)

ニンニク 一片 できれば大き目

唐辛子(乾燥) 2本

オリーブオイル

 

手順

 

  1. 牡蠣は下処理し水気を切っておく。唐辛子は種を取る。
    ニンニクはスライスかみじん切り。お好みで。
     
  2. フッ素加工のフライパンで油をひかずに弱めの中火で
    適度に焼き目がつくように焼く。
    ブクブク泡が出てくるのが収まるまで焼くといい。
    牡蠣の漁師さんに教えてもらった焼き方。
    焼けた牡蠣は皿へ移す。
     
  3. フライパンにオリーブオイルを多めに入れ、
    スライスしたニンニクとちぎった唐辛子を軽く熱する。
    ニンニクが香りだしたら牡蠣を入れ軽く炒める。
    軽く塩コショウで味を調える。
    これでペペロンチーノ。
    正直なところ、ここで食べたほうが美味しい。
     
  4. 空き瓶に牡蠣を詰め
    フライパンの油とニンニクなども注ぐ。
    しっかりつかる程度にオイルを入れる。
     
  5. 唐辛子一本入れて蓋をして一晩で食べれる。




牡蠣の下処理は塩水につけたあと片栗粉で洗う方法。
ここら辺はお好きに。

唐辛子は辛いのが苦手な人は一本で。

 

 

 

ぶっちゃけるとこの時オリーブオイルがなかったのでサラダ油で代用した。
しかも食べるのを忘れていて二週間ぐらいたってから食べた。まだ当たってないのできっと大丈夫。サラダ油でも特に問題なかった。そのまま取り出して食べてもまあまあなあっさり味。バケットで食べたりオリーブオイルの風味が楽しみたい人はちゃんとオリーブオイルで。当たり前か。

 

おすすめはパスタなど炒め物に使うこと。ちゃんとペペロンチーノ用のオイルになっていて牡蠣のペペロンチーノが手軽に楽しめる。キャベツなどと炒めても美味しい。

 

 

ペペロンチーノを気軽に作りたいなら専用オイルを作ったこともあるが、今あまりニンニクが安くないので作っていない。好物なので作ったらまた記録に残したい。

 

 

母がプテラノドンで私が始祖鳥だったころ

 

祖母は毎年のように餅をついていた。

 

 

もちろん、杵と臼などではなく餅つき機だ。

城と緑のありふれたものだったように思う。

 

家族用のちょっと広めのマンションで

三家族が集まり餅を丸めていた。

 

幼いながらも丸める手伝いをしていた私だが

(遊び半分で役にはまるで立っていない)

おぼえているのが

 

 

塩あんだ。

 

 

甘くない、塩を入れて作った餡だ。

 

 

 

おばあちゃんは嬉々として私に食べてみろとくれたが

甘くない塩だけの案など幼い私の口に合うわけもなく

一つ食べて不満を漏らしヨモギを混ぜた草餅を所望した。

 

当然おばあもおいしいなどというと思っておらず

それ以上進めることはなかった。

 

 

それから月日がたち、祖母たちも他界し餅を作ることもなくなったが

その塩あんだけは妙に覚えている。

 

売ってるところなど見たこともない。

あれは高野町の田舎、独特のものだったのだろう。

 

最近思い出して母に話を振ってみた。

母は甘い案よりこちらを好きだった覚えがあった。

 

 

「売ってるのなんか見たことないから田舎特有のものだったんかねえ」

 

母は笑い

 

「あんなの作ってたら田舎じゃ笑われてたわよ」

 

びっくりした。

 

「昔は甘ければ甘いほど、砂糖を使うのがよしとされていたからねえ」

 

 

なるほど。

笑われてたということは

塩あんを作るような家は砂糖も買えないのかと見下されていたということだ。

 

それでも作っていた。

ほかの家でもおそらくは。

 

 

「だっておいしいじゃない」

 

 

 

甘ったるくなく、塩の力で小豆特有のほっこりとした味が出て餅を包んだそれはお茶だけでなく酒にもあっただろう。

 

 

昔ながらの変な見栄

 

 

けれどおいしいものはおいしいという

田舎の暗黙の了解

 

 

どこにも売ってるものではないから自分で作るしかない。

 

餅つき機が安く出回る頃を見計らって家電量販店をふらふらしたい。

母の元、妹家族を巻き込んで餅つきがしたい。

 

ヨモギの粉を買って甘い餡と塩あんを作りたい。

 

 

子供のころにはわからなかった塩あんの味と

狭い一室で家族総出で作っていたあの餅つきの日を

味わってみたいと

 

ようやくこの年になって夢見ている。

 

 

 

 

 

 

 

鬼太郎は強固なマニアが多いので私など

この部分に触れていいのかと躊躇してしまうのだが

一番勉強して頭に学問を詰め込まないといけない時に

水木作品を詰め込んでいたので書くことを許して欲しい。
 

今回、水木しげる生誕100周年として作られたこの映画。

 

当然行った。

 

パンフレットが売り切れているのも驚きだが

老夫婦が複数、カップルで観に来ていたのにも驚いた。

デート、これでいいの?

 

 

ただ長年水木ファンをこじらせていたので

帰って考え込んだのはEDのことだった。

 

墓場鬼太郎(貸本)と墓場鬼太郎(ゲゲゲ)の第一話は似て異なる。

 

大変ややこしいがマガジンで掲載された当初は『墓場の鬼太郎』だったのがアニメ化にあたり『ゲゲゲの鬼太郎』に変えられている。

ノイタミナでアニメ化された『墓場鬼太郎』は貸本版の方で正義の味方の『ゲゲゲの鬼太郎』とはほぼ別物である。

 

 

マガジン版の方の一話はコミックデイズで読める。

「鬼太郎の誕生」というタイトルだ。

 

おそらく片目が無い状態で生まれていたので

マガジン版の一話と映画のラストがつながっているのだろう。

読んでない人が貸本のほうと間違えたらどうすんだ?と無駄に心配した。アニメ版の映画なのだからこちらの一話にしてくれたのだなと感心した。監督ありがとう。

 

こちらの方は幾分かマイルドでめっちゃざっくり言うと

水木に育てられたが非行には走らず墓場で遊んでいたのを叱られて目玉親父に連れられて去っていく……で済んでいる。水木生存ルートである。

 

というのも墓場の方だと水木は鬼太郎を片目にした張本人であるものの
母親の墓も建ててくれ、気味悪がられても今まで育ててくれたのも関わらず

水木母を地獄に流し水神様に流されても助けもしませんでしたよこの鬼太郎。

 

育てかた違ったらこうもなるのかということなのかもしれない。

ちなみに余談だがマガジン版の方は地獄めぐり編でいきなり設定が変わり人間と妖怪のハーフという設定になっている。

この時の鬼太郎の母は妖怪と結婚した罪で地獄に落とされている。

第三期でアニメにもなっていてこの時夢子ちゃんが大活躍している。

 

 

 

今回の映画ではその後、ちゃんと愛情をかけて育ててくれたのが

わかるようになっている。

 

第6期の鬼太郎が人間を助ける理由が

『人間に育てられたから』だ。

6期にぽつぽつその描写がある。

 

あの映画の後だと記憶を消した水木の隣にわざわざ住んで住所まで騙って水木を誘い出し「信用してるから黙っててねお願い」して鬼太郎の世話を押し付けてる当たりよっぽど生活というか生きるのに困ってたんだろうなと思う。水木しか頼れる人間いなかったんだなあの夫婦。

 

 

 

ネトフリの新作悪魔くんにて『水木老人』が出てくる。

パンケーキ屋の店主として。

 

これがあの「水木」だとしたら

 

中々幸せな人生を送れていたのではないか。

そう思わせてくれる。

 

まあ年代が合わないだろうが夢見たっていいじゃない。

片目に傷なの合わせてるとしか思えんし。

 

 

水木作品に力を入れてくれている制作陣には感謝しかなく

その力量に頭が下がる思いだ。

 

多分もう一度観に行く。

 

目玉おやじのあの姿と水木はこの映画でしか摂取出来ないのだ。

それだけが残念でならない。

円盤も買うだろう。

 

幸いにも数少ない友人たちに布教が成功している。

摂取するなら今だと。

 

本棚から鬼太郎の本を引っ張り出しては読み漁り始めている。