「忍びの国」の怒涛の雑誌祭
素敵なグラビアがたくさん
ありました
あれもこれも描いてみたいなあ…
(o´艸`o)♪
記事もじっくり読み返したいんだけど
まだまだ整理整頓できず…
もう気長にやりますわ (^_^ゞ
そんな中でも
印象に残っているインタビューが
いくつかあります
そのひとつが
「日経エンタテインメント」での
智くんが語る無門像について
です
「僕は読解力が
もともとないから
とにかく何度も何度も
台本を読む
それで人物の気持ちの流れを
探していくから
大変なんですよ(笑)」
「無門も人を殺すことに
心の中では抵抗も もちろんあったと
思う」
「無門自身も過去に親に捨てられて
大事にされなかった心の傷もあるから」
「人を殺しても
゛俺だって同じことしていいじゃん ゛
と思うことで」
「自分を正当化する」
「運命に対する
対抗心というか
復讐心みたいなものも
あったんじゃないかな」
「無門が最強になったのも
その気持ちが強かった反動なんじゃ
ないかな」
読解力がない…??
(T_T)
智くーん…
これは立派な
読解力だよ~!!
。゚(゚´ o `゚)゚。
この智くんの言葉は
伊賀者の中で
無門がひとり
どこか違う空気を
まとっていることの
答えでもあるように思います
ただの「人でなし」なら
何があったって変わらない
でも無門は変わっていく
それは
無門の奥底に
固く封じ込められていた
「人間」の部分が
溶解し
流れ出し
再生へ向かっていく
ということではないだろうか…
お国に対しては
もう何を言われても
困らされても
嬉しい
嬉しい
嬉しい
無門は
尻に敷かれているというよりは
お国がいる所に帰れる
お国と話ができる
お国が自分を見てくれる
たまには美しい笑顔が見られる
守りたい人がいる
それが無上の幸せであるのだろう
そんな無門には
やはり
自覚は無くても根底には
「人間の部分」が生きていたのだろう
思うのです
(※意見には個人差があります)
***
何度か映画館に馳せ参じて
感じたことですが
本当にいろいろな世代の人が
来ていますね
老若男女です
(^^)
こんなこともありました
小学生の男の子たちが
戦の場面でそわそわと
「むもん どこ?」
「むもん生きてる?」
「むもんは?」
「むもん死んじゃったの?」←不安げ
「生きてた!」
「むもん生きてた!」←嬉しそう
とか
友達に勧められたから
とりあえず観ようね
って入ってきた
高校生の女の子たちが
映画が終わったら
口々に何度も
「面白かったね」
「すごい良かった」
「泣いちゃうよ~」
「○ちゃんがボロ泣きしたって
気持ちわかるよね」
と興奮ぎみに話していたり
私の近くに座っていたおじいさまが
途中で席を立ったので
「あ~帰っちゃうんだ…」と
思ったら
前の方の空いている席に移動して
最後までそこで
ご覧になっていたとか
いろいろありますが
素直に
嬉しいです
ナゼか私が誇らしかったりして(笑)
観るたびに
発見があり
深く考えさせられる
「忍びの国」
まだまだ何度でも
行きたいけれど
娘の大学も
夏休みがそろそろ始まるし…
もう観に行けないかもね…
ρ(・・、)
ああ
無門殿に
会いたいな
…
***
終わりにひとつ
ワタクシゴトを(^_^ゞ
…届きました
無門を探せの
忍びの国Tシャツ
びーっくり!!
(*゜Q゜*)
当たるわけない と思ってるから
忘れてたんです
届いたとき「何だっけ?これ」って…
(//・_・//)
Tシャツの背中の柄です
老後に振り返ろうかな
*・°: (*´ー`*):°・*
おっと
長くなりました!
久しぶりに書けたので
いろいろ詰め込んじゃったの
(*´艸`*)
でも言いたいことの1%も
言えていない気がする(←え?)
今回はこの辺で
終わりにしまーす
読みにくかったら
ごめんなさい…
てか
ここまで読んでくださって
ありがとう!
(*´∇`*)
ではでは
また現れますね
(o・・o)/



