タンロン
バーディン遺跡(タンロン遺跡)とは、7世紀頃~19世紀頃のハノイの行政中心地の重層遺跡の名前。当初、バーディン広場の辺りで出土したので、バーディン遺跡と呼ばれていたが、現在は、11世紀の名称である昇龍(タンロン)からとって、タンロン遺跡と呼ばれている。8 世紀頃、唐が安南都護府を置いていた頃は、羅城(ラタイン)と呼ばれていたらしい。阿倍仲麻呂が赴任していたのはこの頃のことである。
http://heartland.geocities.jp/zae06141/hanoi_sitadel.html
越の王城も世界遺産に 阿倍仲麻呂の派遣先
【リマ共同】ブラジルの首都ブラジリアで開かれている国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は1日、ベトナムの首都ハノイで7~19世紀に歴代の王城があった同国史上最大の遺跡、タンロンを世界遺産に登録することを決めた。スペイン通信などが報じた。
タンロン遺跡には、中国の唐の役人だった阿倍仲麻呂が派遣された唐の総督府「安南都護府」(8世紀ごろ)もあったとされる。
同委員会は「(遺跡は)東南アジアの一つの文化的な起源を示す」と登録理由を述べた。
遺跡には唐の支配の後、ベトナムの独立を経て、最後の王朝が中部フエに都を移すまで王城などが置かれた。タンロンは「昇竜」の意味で、李王朝の太祖が1010年に都を築いた際に命名された。
2010/08/02 12:04 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201008/CN2010080201000301.html
http://heartland.geocities.jp/zae06141/hanoi_sitadel.html
越の王城も世界遺産に 阿倍仲麻呂の派遣先
【リマ共同】ブラジルの首都ブラジリアで開かれている国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は1日、ベトナムの首都ハノイで7~19世紀に歴代の王城があった同国史上最大の遺跡、タンロンを世界遺産に登録することを決めた。スペイン通信などが報じた。
タンロン遺跡には、中国の唐の役人だった阿倍仲麻呂が派遣された唐の総督府「安南都護府」(8世紀ごろ)もあったとされる。
同委員会は「(遺跡は)東南アジアの一つの文化的な起源を示す」と登録理由を述べた。
遺跡には唐の支配の後、ベトナムの独立を経て、最後の王朝が中部フエに都を移すまで王城などが置かれた。タンロンは「昇竜」の意味で、李王朝の太祖が1010年に都を築いた際に命名された。
2010/08/02 12:04 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201008/CN2010080201000301.html
安南都護府
安南都護府(あんなんとごふ)は、唐代におかれた六都護府の一つ。
679年、現在のハノイに設置された。8世紀頃には人口約10万、13州、39県、32羈縻州を支配下においた。767年、おそらくは東南アジア島嶼部の勢力から攻撃を受け、当時の都護であった張伯儀が、羅城を建設して襲撃に備えた。
679年、現在のハノイに設置された。8世紀頃には人口約10万、13州、39県、32羈縻州を支配下においた。767年、おそらくは東南アジア島嶼部の勢力から攻撃を受け、当時の都護であった張伯儀が、羅城を建設して襲撃に備えた。