アスペルガーと俺 -2ページ目

人の相談にのることは、権力への階段へと至る道である。

私は、政治力とは、よくも悪くも相手に言うことを聞かせられる力だと考える


そしてこの力は、目下のものから持ち込まれる相談事の分量に比例して大きくなる。

これが大きい人間は、キーマンとして組織から排除されなくなる。


問題の解決にかかる手間と与えられる権力は、表裏一体だ。

明確なトレードオフの関係にある。


これは、歴史を紐解いていて見ても明らかだ。

たとえば平安時代。武士が勃興し、最終的に力を伸ばした原因は、地域住民と国司の相談に乗ってもめを事解決し、貴族たちの相談に乗って武力で権力争いというもめ事を解決し、最終的には貴族たちが独力では何もできない状況になったからだ。


権力とは立場が上の者が与えるのではない。

彼らは追認するだけだ。

権力を与えるのは、部下をはじめとした立場が下の者なのだ。

部下の支持のない状態で権力を振るうと、部下たちは、その上司が正しい、正しくないの如何に関わらず、その上司を理不尽と感じる。

そして、その上司を排除しようとする。

しかし、残念なことに、世の中には部下の支持をとりつけるのが下手であるにも関わらず、かつその自覚もなく、権力をふるってしまう上司があまりにも多い。

かといって、彼らを好き勝手に部下に排除されると、組織としての統制がとれなくなる。

こうした無能だが、組織に忠実な上司を守るために考え出されたのが、終身雇用をはじめとした身分制である。

身分制とは、無能な人間を守るセーフティネットである。


実に残念だが、どうやら私もそうした守られてきた無能な人間の一人かもしれないと、最近うっすら思うようになってきた。


なぜか。


相談されないのだ。誰からも。


全員に嫌われているわがボスも大概だが、私も似たようなものだ。

私は自分には資質がないことは基本的に人にアウトソースすることにしている。

しかし、それが結局は平安時代の貴族と同じように、権力を握るのを殺いでしまっている。

この状況は私をひどく不安にさせる。


政治力がないとはリスクヘッジがないことを意味する。

会社をはじめとする社会は、私をいつでも社会的に抹殺できるということだ。


ならばどうするか?

方法は一つだ。


キーマンの側近となる。

これしかない。


キーマンの意志決定をしやすいように専門知識を磨き、スペシャリストになる。

それしかない。


かくして、世の中のスペシャリストは、取り巻きとなり、権力者へと群がっていく。


私は英雄が好きだった。

世界を変えたかった。

歴史に名を刻みかたかった。

全員に肯定され、称賛されたかった。


しかし、結局はアリになるしかないのか。


いや。アリになるのはまだ早い。

知識をもっと磨くのだ。

もっと取り入れるのだ。

人格の欠落を知識で補うのだ。


相談されるように。

それに答えられるように。


知識は力だ。

富の源泉だ。

そして、権力から自分を守る砦なのだ。


もっと身につけなくては。

夢と拳骨がなければナメられる。

「君主にとって最大の悪徳は、憎しみを買うことと軽蔑されることである。 」-ニコロ・マキャベリ


http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp3-20091022-558253.html


 人間ナメられたらおしまいである。

 こちらをナメて増長してくる輩に対しては、同僚ならば注意し、上司ならば交渉し、部下ならば叱責する必要がある。

改善の余地が見られないなら、その者を徹底的に叩き潰さなければならない。

 ナメられないようにするというのは、己の尊厳をかけた戦いである。

 社会的生物である男にとって、ナメられるというのは、最も避けなくてはならない行為の一つである。

 特に己より立場が下の者がそんな事をしてくるのであれば、最早容赦などするべきではない。


 亀井静香という男はどうも国民も首相もナメている節がある。誰も俺を止められまいという考えが、発言の中にプンプンと漂う。かつて彼を排除した小泉純一郎という男は、閣僚が己の方針と少しでも外れたことを発言すると隣に座って肩に手を置いて笑顔で問い詰めまくるっていたらしい。

 なんとなくではあるが、小沢一郎も同種の恐さがある。だが、鳩山首相であれば、確かになんとなくいざという時に襟首掴んでガクガク震わせられれば言うことを聞かせられそうな気がする。

 

 そもそも亀井静香という男は、小泉が粛清しそこねた抵抗勢力最後の元老とも言うべき存在である。能力も抜群に高い。猪瀬直樹の著書「道路の権力」でも敵対する立場の亀井氏の能力の高さを称賛するシーンがある。はっきり言ってかなり始末が悪い。

 私は、人間は感情と損得で動く機械であると考える。その機械を短期的に動かすのは権力や危機という暴力装置であり、長期的に動かすのは希望に満ちたビジョンである。

 

 有史以来、友愛が国をまとめたことはない。

 動かしたのは、指導者の私益と公益を一致させたビジョンであり、反対派をいつでも抹殺できる権力という名の暴力装置である。

 どうも、今の首相は、舐められている気がする。

ブログをはじめました

はじめまして。

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私は人材派遣会社でおもに営業先の開拓をしています。

日々のことを徒然と書いていきたいと思います。


・・・・・・というのは建前で、

なんか変ったことをしてみようと思い立ったのがブログということです。